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視覚障がい者に歩行の自由を~あしらせ【実装支援事業】

初のHONDA発スタートアップとして脚光を浴びている「Ashirase」。彼らが開発した視覚障がい者向け歩行ナビゲーションシステム「あしらせ」は2021年度のD-EGGS事業に採択されるなど、実装に向け着実に進んできた。2月にはついに一般発売――その最終段階となる実装実験が再び広島で行われた。

ロービジョン向け歩行ナビ
「サンドボックス賞」受賞

HONDAの新事業創出プログラム「IGNITION」第1号プロジェクトとしてスタートし、その後「株式会社Ashirase」として独立した同社代表取締役の千野 歩(ちの・わたる)さん。「千の野を歩く」という名前の通り、千野さんが取り組んでいるのは視覚障がい者の方が自由に外を歩き回るための歩行ナビシステム「あしらせ」の開発だ。

靴にデバイスを装着し、専用アプリと連動させることで、振動による歩行ナビゲーションを行う。これまで白杖や盲導犬に頼るしかなかった人たちに、より感覚的で使いやすいツールを提供しようというわけだ。

Ashiraseは2021年、「ひろしまサンドボックス」D-EGGSプロジェクトに採択され、広島で実証実験を敢行した。約35名の視覚障がい者と共に歩行実験を行い、プロダクト及びサービスに関する現状を調査した。

D-EGGSプロジェクトで取り組んだことは主に2つあって。ひとつはターゲットユーザーの絞り込み、もうひとつはこの事業の価値検証。ターゲットユーザーは当初は弱視の方を想定してたんですけど、道路状況を理解する能力の有無が症状以上に重要だということがわかりました。価値に関してわかったのは、インターフェイスとして聴覚を妨げない、スマートフォンを持たなくていいということにメリットを感じてもらえるという事実。多くの課題が抽出され、製品化に向けたヒントを得ることができました

(株)Ashirase 千野さん

あしらせはD-EGGS終了時の講評で「サンドボックス賞」を受賞するなど高い評価を受ける。実証実験で得た知見を元に製品化の道をひた走る中、今年度は県の「実装支援事業」に採択された。

実証から実装へ、社会実装の階段を一歩一歩のぼっていく過程で千野さんが出会ったのが「株式会社iZONE」の貞森拓磨(さだもり・たくま)さんだった。

実装を手助けする医学博士は
圧倒的にヘンな人!?

 今回、あしらせを活用する実装事業者がiZONEの貞森さんなのだが、このiZONEという会社はちょっと変わってる。そもそもこの会社はiZONE(アイゾーン)であって、IZ*ONE(アイズワン)ではない。アイドルグループでもなければ宮脇咲良もいない。

そしてホームページを見ると……デジタルサイネージの契約、フェイスシールドの販売、メンタルヘルスに関するYouTube、「国家試験対策アプリ千本ノック」……多種多様というか支離滅裂な事業が並んでいる。さらに「医者・医学博士」と書かれた貞森さんのプロフィールの下には医療特許がズラリ……ここは一体何の会社なのだろう?

iZONEのHP。何の会社だかまったくわからない……

そもそも私は広島大学の大学院で救急集中治療を教えてたんですけど、2000年に入った頃から国が医療のDX化を推進するようになって。それで「こういうものがあったら便利だよね」という現場のニーズを受けてプロダクトの原型を作り、それをメーカーに渡して製品化してもらう医学と工学の橋渡しをするようになったんです。医学と工学の世界ってお互い専門知識は持ってるけど共通言語が少なくて、対等に会話ができる人が少なくて。そういうのをつなぐ場があると、もっといろんなアイデアが出てくるんじゃないかと思うんです

(株)iZONE 貞森さん

ある種のナンデモ発明家的というか、どことなくマッドプロフェッサーな雰囲気を漂わせる貞森さんに対し、千野さんは、

これは僕の特徴なんですけど、ヘンな人が大好きなんです(笑)。貞森先生は圧倒的にヘンな人で、まずそこに惹かれたところはありますね

(株)Ashirase 千野さん

と笑顔を浮かべる。

どうやら話を総合すると、D-EGGSの後、千野さんはひろしまサンドボックス関係者の紹介で貞森さんと遭遇。貞森さんは前述したように、医療分野の情報機器を中心に装置の開発、プロダクトアウトを進める専門家。それで今回の実装支援事業では貞森さんにチューター的立場からアドバイスをもらいながら、あしらせのブラッシュアップを行うことになったらしい。

あしらせの話を聞いたときは、パッとゴールが思い浮かんだというか。僕らが普段あまり着目してない領域で、そこで弱視の方々の課題が解決される、彼らのアクティビティが広がるというのは素晴らしいことだと思ったんです。千野さんの想いに賛同してお手伝いさせてもらうことにしました

(株)iZONE 貞森さん

貞森さん51歳、千野さん37歳――どこか風変わりな教授とそれを慕う工学系学生のような関係で2人の実装実験はスタートした。

アプリとデバイスが連動。グッドデザイン賞金賞を受賞

入念に行われた実装の準備
医療側の感覚を教えてもらう

そしていざ実装――ということになるのだが、実はこのタイミングで実装は行われていない。実際のトライアルは1月末~2月頭になるという(取材は1月上旬)。

実装支援事業は去年の8月にはじまったんですけど、これまでずっと貞森先生と実装の準備をやってたんです。あしらせは2月に製品ローンチのタイミングが近づいてて。D-EGGSではプロトタイプを使った実証実験をやったけど、今はそれより状況が進んで、効率的なマーケティング戦略を立てたり、実際にお客様が商品を購入したときの課題感を潰していきたいと思ったんです。というのも、あしらせユーザーの多くは視覚障がい者。そういう人の元に商品が届いたとき、すぐに使いこなしてもらうにはどんな説明仕様書を作ればいいのか? 動画だったらどれくらいの長さが適切か? そこに販売代理店や我々スタッフが介在した方がいいのか? 箱はどういう形なら開けやすいか?……そういうことを先生に相談して決めていたんです

(株)Ashirase 千野さん

今回の社会実装の目的は、製品の発売を目前にした販売オペレーションの確認。貞森さんは「壁打ち」の相手になった上、自身の持つ医療知識を惜しみなく与えていった。

あしらせはコンセプトもしっかりしてるし、技術的な部分はブラッシュアップしていくだけ。だから僕がやったのは、商品の裏付けとなるエビデンスの取り方について「こういうふうにやった方がいいよ」と伝えたくらい。特に欧米ではエビデンスを問われることが多いですからね

(株)iZONE 貞森さん

あと、あしらせを眼科医さんに推薦してもらうための説明資料を作って貞森先生に見てもらったけど、「これだとわからないよ!」って書き直しになって。確かに指摘されたら「これだと全然伝わらないな」って気付かされることが多かったです

(株)Ashirase 千野さん

まさにレポートを提出してダメ出しを喰らうゼミ生と教授の図(笑)。つまり貞森さんは千野さんに不足している医療者側の感覚やプロダクトアウトに必要な情報を伝えることで、商品の実装をサポートしているのだ。

そうした過程を踏まえて実装は行われる。

今回は貞森先生がお知り合いの眼科医に頼んで集めてもらった方も含め、総勢15人の被験者にあしらせ使用してもらい、アンケートを取る予定です。家にあしらせの箱が届いて開封して使いこなせるまでにどれくらい時間がかかるのか、習熟率はどの程度か……そうしたデータを集めて商品に反映させていくつもりです

(株)Ashirase 千野さん

「スタートアップは仮説検証が大事なので、ランニングチェンジも含め発売後も修正を繰り返していく」と言うように、千野さんは商品のリリース後もこうした調査結果を商品力の向上に反映させていくつもりだ。

いよいよあしらせ一般発売!
クラファンも想像以上の大盛況

さて、そんな貞森さんと師弟コーチングをやってる間に、あしらせのリリースが間近に迫ってきた。昨年は製品がグッドデザイン賞金賞を受賞、昨年末にはオンラインストアも装備したHPをリニューアル、年明け1月にスタートしたクラウドファンディングは開始1日強で目標額の100万円突破……いよいよの船出を前にサービスへの期待値は大いに高まっている。

クラファンのトップ画面。開始10日で目標額の3倍以上達成!

僕らは新しい市場を開拓していこうとしてるので壁はいくらでもあるし、知見を持ってないことも多いんです。その中で大事なのはポジティブに取り組めるとか「課題はあって当然だよね」っていうマインドを共有できること。貞森さんにはそれが当たり前に備わってるし、その上で気を遣わず思ったことを指摘してくれるからいつも建設的な議論が生まれるんです。そういう健全な批判をしあえる方に会えたのはありがたいことだと思います

(株)Ashirase 千野さん

同じ技術系開発者の先輩として、貞森さんも千野さんにエールを送る。

やっぱり若いっていいな、と(笑)。スタートアップとかベンチャーとか関係なく、若い人が成果を出して羽ばたいていくのは素晴らしいことだと思うんです。目標を実現するとひとつ自信が付くから、それを軸にして新しいプロダクトに対応できるだろうし。そんなふうにちぎっては投げ、ちぎっては投げの感覚で引き続き頑張ってほしいと思います

(株)iZONE 貞森さん
左から、千野 歩さん、貞森拓磨さん

貞森さんの言葉はどこか教育者であり、教授目線のように思えるが……

千野「僕は貞森先生のこと、勝手に友達ぐらいに思ってますけど(笑)」
貞森「まあ、僕の精神年齢が低いんで!」
千野「……もしかして、僕に合わせてくれてます?」

見ていて微笑ましいこの関係性。業界注目のニュープロダクト「あしらせ」開発の裏側には、実はこんなほっこりした交流があったのだ。


●EDITOR’S VOICE

読んでもらえばわかるように、あしらせの実装支援事業は通常の事業開発者と実装事業者の関係とは少し異なる。もちろん最終目的地は実装だが、どちらかというと同じ「ひろしまサンドボックス」内で展開されている「RING HIROSHIMA」のチャレンジャーとセコンドの関係に近いようだ。

それにしても興味深いのが貞森さんのキャリア。自ら「飛び道具みたいに使われるのが一番好き」と言うように聞けば聞くほどてんばらばら、八面六臂の活動歴。一体この人の正体ってナニ?……って気になる人はぜひiZONEのHPを覗いてみてください。あ、IZ*ONEってもう解散してるのか。

(Text by 清水浩司)

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