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安く・早く作れるだけじゃない3Dプリンター住宅のスタートアップ~セレンディクス【サキガケ】

「プリント」といえば紙など2次元の表現だったのに、いまや3Dプリンターの話題を耳にすることもかなり増えた。
そのたびに「そんなものまで作れるの!?」と驚く筆者だが、今回の“サキガケセブン”は、なんと3Dプリンターで家を作ってしまうのだ。

……家をプリントする…?どういうことか、詳しく聞いてみよう。

家が24時間以内でできる!?

セレンディクス(株)は2022年3月、日本初の3Dプリンター住宅を愛知県小牧市に作った。その施工時間はわずか23時間12分。24時間かからずに、家が1軒できあがった。
2023年夏には、日本初の3Dプリンターによる商用初物件を長野県佐久市で竣工。施工時間はより短く22時間52分で完成した。さらに7月末には国内で初めて一般住居用の販売を開始した。
同社のビジョンは「世界最先端の家で人類を豊かにすること」。3Dプリンター住宅がどのように豊かさとつながるのだろうか。

今、日本人の住宅ローンの平均完済期限は73歳です。住宅ローンを組める方はまだ良くて、日本人の4割の方が一生住宅を持てないとも言われています。住宅には過去50年間で累計860兆円投資されましたが、現在の住宅資産価値は340兆円ほど。50年間で500兆円という住宅資産が消えたことになります。
これは世界的に見ても日本だけの現象です。それなのに、住宅ローン自体は過去最大に膨張して、220兆円を超えています。消費税が3%だった30年前と比べると平均年収や退職金は下がり、定年退職後もまだ住宅ローンの支払いが続くんです。
車を買うくらいの値段で家を買えたら、1回しかない人生をもっと自由に生きられるのにと考えています。

セレンディクス(株) 執行役員COO 飯田國大さん

マイホームという一世一代の買い物が、昔と比べてかなりハードルの高いものになっているのだ。
では、世界でも3Dプリンター住宅は作られているのだろうか。

世界で作られている3Dプリンター住宅の多くは、既存住宅の延長線上にあり、多くの人手を必要とします。
そのため、
①施工時間 約6ヶ月
②価格 30%低減
③人の作業が介在するため施工コスト大
という特徴があります。

比べて当社は、「住宅産業の完全ロボット化」を目指しているため、
①施工時間 数日以内
②価格 90%減
③コンクリート単一素材で屋根までロボットが施工
時間もコストも大幅にカットできるんです。

飯田さん

コンクリート単一素材であることで、様々な機能を持たせられるという。
壁面を二重構造にすることで、ヨーロッパの厳しい断熱基準をクリア。さらに世界最高水準である日本の耐震基準もクリアした。

日本初の3Dプリンター住宅 10平米の「Serendix10」(愛知県小牧市)(提供:Clouds AO)

通常、コンクリート住宅は壁を垂直に建てる。そうしないと自重で落ちてしまうらしい。
それを上の写真のように壁をななめに作っているため「世界で最も難しい3Dプリンター住宅」と言われているという。

世界各国でも報道され、日本経済新聞社主催「日経優秀製品・サービス賞2023」で日経産業新聞賞を受賞したセレンディクスの住宅。
大きな需要はどこにあるのだろうか。

2022年10月に50平米の「Serendix50」をテスト販売したところ、即完売。特に60歳以上の方で「30年住宅ローンを支払ったがリフォームが必要になってきた」「一生賃貸住宅に住むつもりだったが、60歳を超えると貸してくれなくなった」とお悩みの方が多く、問い合わせは9,000件に届きそうです。

飯田さん
テスト販売で即完売した2人世帯向けの「Serendix50」

終の棲家に「3Dプリンター住宅」という新しい選択肢が増えたということだ。

さらに強い家を作るためサキガケで目指すこと

サキガケとの出会いは、何がきっかけだったのだろう。

最終的に住宅産業の完全ロボット化を目指す中で、今から40年前にロボット化した自動車産業に着目しました。昔は職人が作っていた自動車は、人の作業を汎用化する機械を入れることでロボット化して、誰でも作れるような状態になっているんです。
住宅も同じ工程を踏まなければと感じていて、そのために自動車産業の知見をお借りしたい。そこで自動車産業が集約している広島で協力を得たくて、サキガケに応募しました。

飯田さん
3Dプリンターで出力する様子

サキガケで目指す達成目標は、自動車産業との関係構築以外にもある。

私たちはよく「Show the flag(旗を立てる)」という言葉を使います。広島県で技術協力をいただきたいことを伝えるためにも、まずは広島に3Dプリンター住宅を建てることを目指しています。
実は、3Dプリンター住宅の購入意向の数は、1位千葉県、2位兵庫県に続き、3位は長野県なんです。私たちも驚きましたが、通常は人口統計に依存するはずの購入意向で長野県が3位に入っているのは、初めての商用物件を長野県佐久市に建てたことが大きい。実際に建ててみると、その地域での波及が起こるということが分かったんです。

飯田さん

広島県に3Dプリンター住宅が建った暁には、筆者も知人に「これ知ってる?」と自慢げに話したくなるに違いない。すぐ近くで起こることは自分事化しやすいというのは、身を持って理解できる。
この春には広島での施工が始まるようだ。

3Dプリンター住宅で使用するコンクリートの素材は、日本の建築基準法では構造としては認められないものなんです。構造として認められるためには、大臣認定を取らないといけません。
まずは設計上の型式認定を受けて、その上で複数建築した実績ができると材料の認定をもらえる可能性があります。
今後ステップを踏んで、この認定を受けていく予定です。

飯田さん

さらに、サキガケではその先の目標も見据えている。

建築基準法ではまだ構造として認められない材料を構造として使用します。それが高強度繊維コンクリートです。一般のコンクリートと比べて4~8倍の強度を持つものですが、現行の法律では構造として認められないので、実験的に施工実績を重ねていき、材料としての認定を目指します。

飯田さん

サキガケを経て、さらに強固な3Dプリンター住宅が作れるようになるかもしれない。

3Dプリンター住宅メーカーが目指すは究極の「幸せ」

スタートアップの存在意義は「世の中の課題解決」だと思っています。これまでの事業の延長線上をやるのであれば、既存企業がやればいい。我々スタートアップが解決する課題とは「怒り」なんです。実は国民が怒っている、その「怒り」を解決することがスタートアップの目的です。

飯田さん

「怒り」がなくなった先に待つのは「幸せ」。
そして「幸せ」って何だろうと考えるとき、マズローの欲求5段階説(生理的欲求・安全欲求・社会的欲求・尊厳欲求・自己実現欲求)が思い出されるが…?

当社メンバーは、自分が本当にやりたいことに挑戦する「自己実現欲求」を満たすことを目的にしていますが、最近では6番目の欲求として「自己超越欲求」も現れて。これは「社会や世界をより良くすること」で満たされるそうです。
私達は本気でこの住宅ローンの課題を解決したい。この課題がなくなったら、人生にいろいろな選択肢が増えていくので、未来は明るいですよ!

飯田さん

EDITOR’S VOICE

飯田さんは「進歩とは力の結集」と話してくれました。3Dプリンター住宅の開発に必要な技術を持つセレンディクスも、自社だけでは施工できず、建設会社との協業が必要です。完全ロボット化には自動車産業の力も不可欠。
そんなにたくさんの力が合わさってできているのに、車を買える値段で買える3Dプリンター住宅。驚きです。
もしかして、私にも買えるかも…?
(文・小林祐衣)

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