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“野菜”が買える薬局が広島に登場!? 健康を軸とした野菜の販路開拓と付加価値向上で農家の所得向上を目指す

私たちの食事に欠かせない野菜。スーパーマーケットはもちろん、ドラッグストアやコンビニなど、さまざまな場所で購入することができる。
 
では、その野菜が作られている産地や生産者の情報は意識しているだろうか。おそらく、多くの人は店頭に並んでいる中で「安くて美味しそうな見た目の野菜」をなんとなく購入しているかもしれない。
 
日本の農業を取り巻く環境は、自然災害や貿易自由化による価格競争の深刻化、近年では新型コロナウイルスの影響による販路減少など、外部要因に左右されやすい。一方で生産者の高齢化は進み、担い手の育成が急務だ。生産者の減少は国内の食糧自給率の低下につながり、輸入品に頼らざるを得ない状況に…。
 
そんな農家を取り巻く課題を解決するため、農業と薬局という異業種が連携する「薬局DE野菜プロジェクト」が広島で立ち上がった。


薬局と農家の課題を同時に解決

薬局DE野菜プロジェクトでは、薬局での野菜販売を通して、農家の新たな販路開拓や所得向上を目指している。
 
仕掛け人は、広島県三次市のネギ農家「Agre Lore Lab.」代表の藤谷祐司さん、広島県内で定期的にファーマーズマーケット「farmer’s Collection」を主催している竹内正智さん、広島県を中心に医薬品卸会社「株式会社リンクメディカルダイレクト」代表の石井佑弥さんの3人だ。


(画面下)Agre Lore Lab. 代表 藤谷祐司さん
広島県三次市出身。マツダ株式会社のエンジニアとして勤務後、32歳の時に農家に転身。2021年1月から認定新規就農者として本格的に農業をスタート。広島県内で通年で白ネギを栽培するのは藤谷さんだけ。

(画面左上)farmer's Collection 代表 竹内正智さん
北海道出身。実家の農家は継がなかったが、食に関する会社に勤務。2021年4月からファーマーズマーケット「farmer’s Collection」を広島県内で定期的に開催している。

(画面右上)株式会社リンクメディカルダイレクト 石井佑弥さん
広島県広島市出身。17年間、医療品卸や調剤薬局など、医療分野一筋で働いてきた。新しい薬局のあり方を模索している。


それぞれ別の分野で活動していた3人が一緒に事業を立ち上げたきっかけは、藤谷さんと石井さんの会話だった。
 
以前から知り合いだったふたりが話していた際に、コロナ禍で農家の販路が狭くなっていることを聞き、経営する調剤薬局に野菜を置いてみてはどうかと石井さんが藤谷さんに提案した。
 
薬局に野菜を置くことを想像して「おもしろそう!」と直感した藤谷さんと、薬局を訪れる患者さんに対して付加価値を提供したいと考えていた石井さんの意見が一致。こうして「農家の販路開拓」と「薬局の付加価値向上」を同時に目指す薬局DE野菜プロジェクトが始まった。

その後、主に広島市内でファーマーズマーケットを主催し、県内の農家事情に精通している竹内さんが参加し、3人で事業を立ち上げることになった。

薬局DE野菜プロジェクトを含む「新たな販路作り」のほか、「新規就農者のサポート」「中山間地域の農業ビジネスモデルの確立」「野菜と健康をつなげたブランドの確立」の4つの軸で活動していく予定だという。4つの軸から四つ葉という意味を込めて「一般社団法人 農LAB.よつば」を設立し、”農”を通して広島を盛り上げることを目指している。

今回の実証実験では薬局DE野菜のビジネスモデル確立に取り組み、広島県内にある5店舗の薬局への導入を目指す。
 
すでに広島市内にある薬局1店舗で導入しており、「処方箋がなくても野菜だけ買っていっていいですか?」と薬局に来てくれるお客様もいるという。

あいおい橋薬局の店内。薬局で働く調剤師からは「季節野菜や地元農家さんの話で今までよりコミュニケーションがとりやすくなった」との声も。

長年医薬品業界で働いてきた石井さんは、これからの薬局のあり方について課題を感じていた。

”薬局は処方箋をもらった患者さんが薬を受け取るための場所”というイメージを持っている方が多く、基本的には受け身の姿勢でした。でも、コンビニの数を上回る店舗数があるなかで、これから薬局が残っていくためには新しい取り組みをする必要がありました。薬局に野菜が置いてあれば、体に良さそうだと感じ、お客様が手にとってくれやすいのではないかと考えています。(石井)

野菜を置くことで他の薬局との差別化につながり、患者さんともコミュニケーションが生まれる可能性もある。方針が異なる別法人の経営する薬局に導入することは簡単ではないかもしれないが、まずは石井さんの経営する薬局をはじめ、県内の賛同してくれる薬局への導入を目指すという。

新規就農者に立ちはだかる壁

薬局DE野菜プロジェクトを始めた背景には、新規就農者が農業を継続していくことの難しさがあった。
 
農業が抱える課題のひとつに「新規就農者の育成」が挙げられることが多く、地方自治体も新規就農者を確保するためにさまざまな制度を用意している。しかし、設備投資や畑の購入にお金がかかるほか、販路を開拓する必要があるなどハードルは高い。そうした理由から、農業だけでは十分な収入が得られず厳しい状況に置かれている農家もいるという。
 
farmer’s Collectionで多くの生産者と関わっている竹内さんは、農家が直面する課題についてこう話す。

新規就農者は有機野菜に挑戦する方も多いのですが、これまで一般的とされてきた農協や道の駅に出荷しても有機栽培の付加価値がついた価格で取引されずに、思うように売上が立たずに挫折して農家をやめてしまう人もいるんです。一般的には規格外とされてしまい卸し先がない野菜の販路を開拓して、薬局やfarmer’s Collectionで売ることで農家さんの所得のベースを上げたいです。
(竹内)

薬局で販売する野菜は、規格外品が生じやすい有機・無農薬かつ広島県産を中心に、常時10種類前後を用意する。農家の所得を上げるため、通常の販路での卸価格よりも高い価格で買い取り、薬局での販売価格も少し高めに設定する予定だという。
 
薬局を訪れるお客さんにとっては、スーパーでは見かけない珍しい野菜と出会うことができ、生産者の情報も分かるので納得感のある買い物につながるだろう。

次世代が農業に憧れる未来をつくる

一般社団法人YOTSUBAの代表を務め、今回のプロジェクトのリーダーでもある藤谷さんは、10年以上サラリーマンとして働いていた。
 
農家に転身した理由は、これからどう生きていこうかと考えたときに、自分のなりたい姿を実現できるのが農家だと思ったからだという。しかし「農業に対して良いイメージはなかった」と話す。
 
それでも、生まれ育った三次市で家族と過ごしながら第二のキャリアを歩みたいという夢を実現するべく、専業農家になることを決意。その後は県の担当者に相談したり、専業農家で修行しながら栽培技術を習得したりと行動に移してきた。
 
白ネギを品目に選んだ理由は、広島県内で通年で白ネギを栽培する農家がいなかったから。さらに、ほかの農家と差別化をするため、就農1年目という驚くべきスピードで加工品の商品化を実現。「ネギ油」「ネギ辣油」は、三次市のふるさと納税の返礼品にも出品している。
 
藤谷さん自身も良い印象がなかった農業に飛び込んで数年経つが、実際に農家になって気持ちの変化はあったのだろうか。

農業はネガティブな課題が多いとよく言われますが、逆に考えればチャンスに溢れていると思うんです。農家の高齢化が進んでいるのなら、若者が本気で取り組めば結果を出せるはずだなと。
 
農家になり、マルシェ出店などを通して生産者さんたちと交流するなかで、おもしろい取り組みをしている人がたくさんいることを知りました。でも、せっかく良いものを作っているのに販路が分からないために慣行栽培と同じ売り方をして、思うように売れない人を見ると、もったいないと感じてしまいます。(藤谷)

新規就農者にとっては野菜の生産だけでも精一杯で、なかなか販路の拡大まで手が回らないのも現状。これから農家になる人が同じ段階で悩まないよう、薬局DE野菜プロジェクトやネギ油の商品化など、道筋をつくっているのだ。

藤谷さんの目標は、次世代が農業に夢を持てる未来をつくることだという。
そのために、医療現場などとの協業で、機能性成分表示や健康テーマの専門ブランドの立上げなど栄養機能に着目した新たな価値を創出して、薬局DE野菜プロジェクトを軌道に乗せ、広島県の農業に新しい風を吹かせたいと意気込んでいる。

藤谷さんの経営する会社「Agre Lore Lab.」で作ったネギ油。
旨味と香りがギュッとつまっていて和・洋・中の食事にもぴったり。

農業と医薬品業界の抱える課題をマッチングした薬局DE野菜プロジェクトは、双方にとってポジティブな変化が生まれる予感がする。すでに1店舗でも導入しており、滑り出しは順調なように思えるが、今後の課題は物流の構築だという。現在、中国新聞輸送の配達後の空便を活用して集荷・配達できるように調整しているそうで、ドライバー不足の物流業界の課題ともマッチングする良い事例になりそうだ。
 
コロナ禍に続いて円安や原材料の値上げなど、農業を取り巻く課題は多く、「農家は稼げないから辞めてしまおう…」と諦めてしまうことは簡単だ。しかし、農業の課題をチャンスと捉えて、医薬品業界という異業種と掛け合わせて事業を立ち上げてしまった行動力を持つ3人。
 
「スーパーでは手に入らない野菜を買いたいから、ちょっと薬局に行ってみよう。」そんなふうに私たちの行動が変わる日は、そう遠くないかもしれない。