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ブラッシュアップ農村ライフ~「Rev0」「KURU KURU」とFOOD BATONの共創

今年2年目を迎える「Hiroshima FOOD BATON」。食に関するイノベーションを進め、広島の農業経営体の稼ぐ力を向上させていこうとするこの取り組みは今回も3チームを採択した。チャレンジャーたちは活動の中で事務局とどんなやりとりを行い、どんな支援を得ているのだろう? プロジェクトの過程で起こっている化学変化について、今年度採択の「Rev0」と「KURU KURU」に話を聞いた。


温室効果ガスの削減で
農家の収入を向上させる


令和5年度のHiroshima FOOD BATONに採択された農業法人「株式会社ハラダファーム本多」の代表・本多正樹(ほんだ・まさき)さんは安芸高田市高宮で農業を行っている。育てているのは酒造りに適した酒米を中心にコシヒカリ、白ネギ、そば、麦……といったところだ。

本多さんは安芸高田市北部に位置する高宮で農業を営む

そんな本多さんが今回採択された案は「Fair-Farm Credit(フェアファームクレジット)」。まずFair-Farm Creditとはどういうものなのだろう?

国が策定した「J-クレジット制度」というのがあるんです。世界的に温室効果ガスの削減が課題となる中、省エネ設備や再生可能エネルギーの導入など温室効果ガスの排出を削減すれば、その削減量を国が「クレジット」として認めてくれることになったんです

これは農業の分野でも適用されるので、これを使えば農家にとってプラスアルファの収益が生まれる可能性があります。J-クレジット制度を活用して農家の方の収入を増やし、ひいては農家の減少を食い止められないかと考えました

本多さん
削減した温室効果ガス量を取引できる仕組みが「J-クレジット制度」

本多さんが目を付けたのは温室効果ガスの排出削減・吸収を金銭的に後押しするJ-クレジット制度だった。GX(グリーン・トランスフォメーション)は国としても力を入れている分野だが、この制度をうまく活用することで農業従事者の収入向上を果たせないかと考えたのである。

しかしそのプランは簡単には実を結ばなかった。

実は本多さんは令和4年度のFOOD BATONにも応募。その時には採択を見送られた経験を持つ。

作物を育てながら温室効果ガス排出量を減らす。それが収入にもつながる

昨年はもみ殻の炭化装置を利用して温室効果ガス排出量を削減する方法を提案したんです。しかしその機械自体が数千万円するので初期投資に金額がかかり、現実的ではないと判断されたと思うんです

そこで「結局何がやりたかったのか?」ということを改めて考えている時に、広島県さんやHiroshima FOOD BATON事務局をやっている「合同会社MHDF」さんから「こういうやり方があるみたいですよ」という情報をいただいたんです

本多さん

第1回目では採用に漏れたが、本多さんはそこで諦めず、FOOD BATON事務局と改善案について協議を続けていた。そんな中で出会ったのが、今回採択に至った「中干し」を使った提案だった。

事業を別の視点から見て
もらえるのはありがたい

 
中干しというのは田植えの中の一工程を指す。田植えから穂が出る約1ヶ月前を目安に、一定期間水田の水を抜いて土壌を乾かし、根の活力を高めることで獲れる米の品質や収穫量が向上するのだ。本多さんがキャッチしたのは、この中干しの工程を通常より1週間延長することで温室効果ガスの排出が抑制できるという情報だった。それはJ-クレジットで換算すると1haあたり4万円に相当する。

稲作の方法を変えることでJ-クレジットが創出される

一方でこれにはリスクもある。中干し期間を延長することで米の品質が落ちてしまう可能性があるのだ。J-クレジットで利益が出ても米の品質が下がって売価が落ちてしまえば元も子もない。今は中干し期間を伸ばした場合、どれくらい米の品質や収穫量が変化するのか調査中である。

FOOD BATONに採択された今年度は、まず中干し期間を延長しての稲作は可能かどうか「JA全農ひろしま」さんや県の農業技術指導所と調査方法について協議してます。今後は新しい技術やマニュアルの開発も検討できればと思ってます

本多さん

本多さんは2023年、カーボンニュートラル事業に取り組む新会社「株式会社Rev0(レボ)」を設立。現在は趣旨に賛同する農業法人10団体が集まり、約365haの農地を確保。事業を進めるために必要なICT技術の開発や、事業内容の周知などにも励んでいる。

稲作のICT化にも積極的な本多さん。自動水門、水位計、水温計をつけているところ
クレジット事業を行うには取り組みを証明するデジタル化が欠かせない

そんな本多さんにFOOD BATONの感想について訊いてみた。

事業を別の視点から見てもらえるのはありがたいですね。やはり僕は農家なので農家の視点でしか見れないけど、コンサル的な視点で見ると違う可能性が見えてきたりするんです

具体的には、温室効果ガスの排出を抑制して作ったお米を会社の社食で提供して、自社が地球温暖化防止に貢献しているという意識を高めてもらう案とか、この栽培方法で作った酒米を原料にしたお酒を購入することで消費者にクレジットが移行する形とか。できるかどうかは置いておいても、可能性やアイデアを提案してもらえるのは本当に助かります 

本多さん
理路整然と事業について語る本多さん。スマートなたたずまいが印象的だ

前述したように、中干し延長によるJ-クレジット制度というアイデアもFOOD BATON関係者とのブラッシュアップから浮上したもの。

事業の可能性や方法論をなるべく多くの視点から多角的に検討する――そう考えるとFOOD BATONは事業者単体で取り組むものではなく、事業者と伴走者の二人三脚で進んでいく「共創活動」であるということがよくわかる。

想いをカタチにする部分で
ブラッシュアップしてもらった


二人三脚という意味では「一般社団法人KURU KURU」のケースも同じである。KURU KURUは矢野智美(やの・ともみ)さんと森本真希(もりもと・まき)さんを中心とした安芸高田市向原のグループ。KURU KURUの詳細は以下のnote記事に詳しいが、KURU KURUもFOOD BATONの事業説明会に参加した後から定期的に伴走者と事業のブラッシュアップに励んできた。

(※KURU KURUのNOTE記事)

KURU KURUで活動する矢野さん(右)と森本さん(左)

具体的には、事業の中心となる原材料・くず米に「だいきんぼし」という名前を付けたのは伴走者である。また開発する商品の方向性を「離乳食」へと具体化できたのも、伴走者との対話の過程で「KURU KURUのストロングポイントは『母たち』である」という点を引き出され、当初のアイデアが磨かれていったからに他ならない。

私たちは地球の未来とか日本の未来とか、ものすごく壮大な理想からスタートして、いろんな問題にぶち当たりながらここまで来たんです

今回のFOOD BATONにしても、最初の段階では「くず米を使って何かできないかな?」くらいしか考えてなかったけど、伴走者のみなさんと何度も何度も打ち合わせをする中で「それってどういうことなんですか?」「それってこういうことですよね?」と問い掛けられ、最終的に「Farm to Baby」という離乳食のコンセプトに辿り着きました。「想いをカタチにする」という部分においてすごくブラッシュアップしてもらったと思います

矢野さん
今は離乳食の開発に邁進する。写真は甘味料がわりに使える米糀

まだあやふやでカタチにならない情熱に、世間やビジネスの現場で通用するフォルムのようなものを与えていく。それは1人ではなかなか難しい。効果的な壁打ちとアドバイス、客観的な視点、地道な声掛け……。考えてみればその作業は、水やり、雑草抜き、間引き……など1つの作物を育てる上で必要な行為によく似ている。

1人じゃ絶対できないっていうのは、そう思いますね。だから私たちも最初はシェアキッチンからスタートしたし、その活動の中で少しずつ想いもレベルアップされて育ってきた。でも最終的にはどう形にするかという壁にぶつかって……実はちょっと躊躇してたんです

その壁を乗り越えるには知恵と勇気が必要で、自分たちだけでは難しくて。なので説明会後の個別相談会で、伴走者さんに「矢野さんの熱い想いはよくわかりました。それを形にしていきましょう!」と声をかけてもらったのは涙が出そうになるくらい嬉しかったです

矢野さん
シェアキッチンからスタートしたKURU KURU。人の循環が活力を生む

私たち最初は何もできないと思ってましたから。何の特別な能力もない、ただの主婦である私たちがFOOD BATONのおかげでこんなチャレンジをさせてもらって、ここまでのものを作ることができた。これが1つのモデルになったら、後に続く人のハードルも下がると思うんです

森本さん

FOOD BATONは芽吹こうとしている農業経営者に寄り添い、花が咲くまで生長を見守る、まさに「農業的」なシステムなのかもしれない。

田舎でも夢を持って
生きられる環境を作りたい 


両者に関しては、事業に向かうモチベーションの根幹に地元への愛着、農業を通した地球環境への配慮、若い世代への提言といった要素があるのも見逃せない。

広島の農家の平均年齢は72歳で全国ワースト3に入ってます。高宮でも若い営農者は少なくなって、このままだとますます農業離れが進んでいくと思うんです。そうなると荒廃地や休耕地が増えて、私たちがいま見ている景観も荒れ果てたものになってしまいます

それを止めるには農業の収益を上げて、田舎でも夢を持って輝いていける環境を作らないといけないと思うんです。それが実現できれば、広島は都市と田舎の行き来がしやすいので田舎で暮らす人が増えて、この先も地域が守られていくかもしれない。そういう社会を目指したいと思います

本多さん
この穏やかな里山風景を持続可能なものにするために

私たちはこれまであったものをいい形で進化させていきたいんです。全部壊して新しいものを作りたいわけじゃない。私は自分のことを、これまであったものを次の世代に渡すための「つなぎ役」だと思ってて。将来を見据えた上で、これまでの積み重ねに新しい何かを加えて手渡したいんです

この子が大きくなった未来、さらにこの子が子供を産む世界から逆算して、少しでも「農業というものがあって本当によかった」と思ってもらえる社会を作っていければと思います

矢野さん
まさに子育て中の矢野さん。子供たちが生きる未来を見つめる

彼らが見ているのは今いる場所のまだ向こう。よりよい未来を作るため今を変えていこうとするチャレンジャーを、FOOD BATONは待っている。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて


Rev0さんとKURU KURUさん、同じ日に取材したんですけど、これが同じ安芸高田市内とはいえ高宮と向原で全然違うんです。調べてみると高宮は2004年まで高田郡高宮町、向原は同年まで高田郡向原町。つまり20年前まで別々の自治体だったわけです。

ということで両者は車で30分近くかかるという距離感。同じ安芸高田市でもすごく離れてるし、同じ農村地帯でもカルチャーや風景がいろいろ違うんです。奥が深くて多様なんですよ中国山地は!(文・清水浩司)