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【ふ】 フライドポテト

僕はいまマレーシアのイポーというところに住んでいる。
日本のコンドームメーカーのマレーシア工場の責任者として赴任しているという立場で、滞在歴はもうすぐ6年になる。

日本の本社は今週は9連休らしい。

これは海外赴任者あるあるなんだけど、日本の本社が休みになるとメールも来ないし急な仕事の依頼なんかもないから毎年とても開放感があるのだが、今年はリモートワークなどでろくに会社に出ていないくせに9連休とは何事だ、という気持ちにならなくもない。

この国は年中夏なので当然夏休みというものもないし、正月休みもない。海の日だの山の日だの老人に感謝する日だの大人になるのを祝う日だのわけのわからないみどり色の日だのそういうのは一切ないから、日本のような連休はほとんどなくて、9連休なんて夢のようだ。

まあこんな時期だから連休を思いきり楽しめるかというと、なかなか難しいのかもしれないけれど。

マレーシアでの僕の住まいはゴルフ場の中にあるコンドミニアムで、ゴルフはいつも無料で楽しめる。
日本にいるときはゴルフには全く興味がなかったし、若い頃は長髪のハードロッカーだったので、むしろゴルフをやっている人たちのことをバカにしていたぐらいだったが、いざ始めてみたらこれがなかなか面白かった。

土曜日も基本的に工場は稼働しているので、なかなか旅行に行くのも難しいから、休日はだいたいゴルフをしている。

僕にとってゴルフの一番の楽しみは、真夏の日本と同じレベルの気温の中でプレイした後のビールである。プレイ後に水を飲むのをガマンしてシャワーを浴びてからよく冷えたビールを乾いた喉に流し込むのは最高だ。

いつもゴルフ場に併設されているレストランでビールを飲んで食事をするのだが、サンドイッチとかホットドックとかを注文すると、だいたいフライドポテトがたくさん付いてくる。こちらではケチャップの他にチリソースをつけて食べるのもポピュラーで、冷たいビールとの相性はいい。

この間いつものようにプレイ後にこのフライドポテトをつまみながらビールを飲んでいたんだけれど、同行した友人は普通の麺料理を注文していたので、「ビールのつまみにポテトをどうぞ」と勧めたら「俺はあんまりフライドポテトが好きじゃないんだよね」という返事がきて、一瞬「ハッ!」としてしまった。

フライドポテトを人に勧めて断られたのは恐らく人生で初めての経験だった。今までの人生では、フライドポテトは万人に受け入れられている食べ物で、フライドポテトが大好きで毎日食べないと落ち着かない!っていう人はあんまりいないにしても、そこにあれば食べる程度には好まれているものだと思っていた。

また同時に、実は僕もフライドポテトはそんなに好きではないのだということを告白する相手に出会ってしまったのだ。

正直に告白すると、僕はこのフライドポテトがあまり好きではない。ハンバーガー屋のセットに必ず付いてくるのも、コストをかけずにお腹を満たすというお店サイドの理屈だと思っている。
フライドポテトは腹持ちがいいので、先に食べるとお腹が一杯になってしまうから、ハンバーガーを食べてしまってからポテトに手をつけるのが理想的なのだが、このフライドポテトは時間の経過につれてフニャフニャと食感を変えてくる面倒くさいやつで、少しでも美味しく食べようとすると、早めに食べないといけない。

このバランスの悪さが毎回僕を悩ませる。だったらセットを頼まなければいいだけの話なんだけれど。

居酒屋でも、とりあえずフライドポテトを注文すれば安いし早く出来上がるので便利なつまみだとずっと思ってきたんだが、よくよく思い出してみるとフライドポテトは最初に登場してみんなそれぞれ少しずつつまんでビールを飲んだりするけれど、その後唐揚げとか焼き鳥とかそういうのが到着するとみんなそっちをつまんで酒を進めていくような気がする。
そしてフニャフニャになったフライドポテトは飲み会の最後の方まで居残って、残さないように、また誰かだけがフニャフニャのフライドポテトを食べることのないようにみんなで気を使いながら少しづつ食べてお皿を空にしていたような気もする。

そもそも家庭で調理する家ごはんで、フライドポテトを出していたお母さんは何%ぐらいいるんだろう。
少なくても僕の母親は食卓に乗せたことはない。じゃがいもはポテトサラダか肉じゃがかコロッケなんかに変身していた。たまに味噌汁に入っていたけれど、僕はこれが得意ではなかった。残さず食べたけれど。

フライドポテトとの初めての出会いは、恐らく日本人のほとんどがそうであると想像するが、マクドナルドなどのハンバーガーチェーン店か洋食チェーン店だった。

スーパーで冷凍のフライドポテトを買ってきて家で揚げるという選択肢もあるんだろうけど、揚げ物をする手間を考えたら、とんかつや天ぷらなどのご飯のおかずになるものを揚げる方がちびっこやお父さんも喜ぶんじゃないだろうか。

たとえ食卓に乗ったとしても、奴らは早く食べないとフニャフニャして美味しさが損なわれてしまう。かといってご飯のおかずにはならないから、お米より前に出さざるを得ない。そうであるとすれば、先に出てきて温かいうちに食べてしまうとお腹がふくれてしまって、肝心のとんかつを美味しく食べられなくなってしまう可能性もはらんでいる。せっかく栄養価を計算して料理してくれているお母さんを悲しませてしまうかもしれないのだ。

さらに奴らは恐らく世界中に存在している。マクドナルドがある国では一日中揚げられているだろうし、セットには必ず居座っているはずだ。
肉じゃがとかポテトサラダなんかとは比較になるべくもない。もしかしたら世界中のじゃがいもの生産量の半分ぐらいはフライドポテトになっているのかもしれない。ポテトチップスとフライドポテトで90%以上なんじゃないか。

これではせっかく高い栄養価を持っているのに、そのポテンシャルが生かされず、もったいない食べ方をされてしまっているじゃがいもも可哀想だ。

主役でもない、さらに食事と言えるかどうかも微妙で、酒のツマミとしてはちょっと重たいという立ち位置ながら、世界中に存在して人々のお腹を満たしているこのフライドポテトという料理は実に不思議な魅力を持っているのだろう。

フライドポテトが嫌いと言い切るのは、ビートルズが嫌いだと言い切るぐらい、やもすると他人の反感を買ってしまう可能性があると無意識に思っていた僕に対して「好きじゃない」とハッキリ言ってくれた友人に感謝したい。

この年になってもなお、素直な自分でいられなかったことを恥じる経験であった。

自分と他人は絶対に同じではなく、違う価値観を持っているので、それを認めないと人間関係が難しくなるし、逆にそれが人間関係の面白いところであると日頃から肝に銘じて生きてきたつもりが、このポテト野郎には素直になれていなかったということだ。

またひとつ大人への階段を上ったので、今晩はビートルズを聞きながらウォッカを飲もうと思います。ちなみにビートルズは大好きです。

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