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【ち】 チーズがびよーんと伸びる表現のシズル感

僕はいまマレーシアのイポーというところに住んでいる。

イスラム教徒のマレー系、中華系、インド系の3つの人種がいるこの国では、宗教によって口に出来ないものがあるから、人種がたくさん集まる食事会を催す場合はそれなりに気を使わなければならない。

イスラム教の人たちはお酒を飲めないし豚肉が食べられない。ヒンズー教徒は牛肉を口にすることが出来ない。中華系は何でも食べるので、日本人の僕としてはどうしても中華系の人たちと酒を飲みに行く機会が多くなる。

また人によって信仰に対する厳格さは違うので、そのあたりも難しい。イスラム教徒の中でも厳しい人は、豚肉が料理された鍋で調理されたものは口にしないし、テーブルを拭く洗剤にアルコールが含まれているのも嫌がる。
逆に中華系とインド系とでいっしょにお酒を飲んでいても、自分が飲まなければその席にいるのは全然問題ないっていう人もいるし、個室に入ればいっしょにお酒を口にする人もいる。

全人種にとって全く問題ない肉類は鶏肉なので、KFCを始めとするフライドチキンのチェーン店はたくさんある。タンパク源としてタマゴも良く食べられていて、一人あたりの年間タマゴ消費量は世界2位だったりする。(ちなみに1位はメキシコで日本は3位)
魚の消費量も日本とほぼ同じくらいなんだけど、年中暑い国なので、刺し身にして食べるという文化はない。だいたい揚げるか蒸すかして食べている。

牛を食べられないヒンズー教徒でも牛乳は飲めるし、チーズやヨーグルトなどの乳製品はよく食べられている。神聖な牛を殺傷しているわけではないので問題はないということだ。

チーズを使ったピザも全人種にとって問題なく食べられるので、KFC同様Pizza HatやDomino Pizzaなどのチェーン店もたくさんある。
ピザのチェーン店の看板や店内に流れるCMなどを見ていると、日本と同じように、可愛い女の子がピザをくわえたまま、チーズをびよーんと伸ばしている。

この「チーズがびよーんと伸びる」という表現は、客観的に見てすごくシズル感のあるものなんだと思うんだけれど、これが僕にはあんまりピンとこない。

僕が子供の頃はまだピザはこんなに一般的に食べられているものではなかったので、ピザ屋のCMが流れはじめて、このチーズびよーんの映像を見たときは「なんて美味しそうなんだろう!!」って思った記憶は確かにある。

ただ食卓でこれをやると必ず母親に「行儀が悪い!」と怒られた。

もしこの「びよーん」をやることでピザの味が格段に美味しくなるということであれば子供の僕も反抗して「びよーん」を続けていただろうと思うのだが、基本的にピザの味は変わらないし「びよーん」をやることで手に持っているほうのピザからチーズが剥がれて、手に残ったピザに必要なチーズのパーセンテージが変化することで味のバランスが崩れてしまうことにすぐに気づいた。更にその「びよーん」としているチーズ部分が具材と一緒に足元に落ちてしまうというとんでもないリスクも抱えていることも理解した。

子供の時にこの構造とリスクを理解したので、僕はもう何十年も「びよーん」をやっていない。

大人になっていろんな国に行ってチーズを食べたし、スーパーに行けばいろいろな種類のチーズを買うことも出来るし、ワインもよく飲むので、僕はチーズは好きだ。ブルーチーズだって全然平気だし、昔からあって安価で買えるQちゃんチーズもたまに食べたくなる味わいだ。魚肉ソーセージとQちゃんチーズをアテに安酒をあおるなんて、最高だろう。あのむきづらい包装もまたひとつの味わいでもある。

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かまぼことチーズを合わせたチーかまも、発明した人は天才だと思う。ビール、日本酒、焼酎はおろか、ウィスキーやワインなどもまとめて相手にしてしまうオールラウンドプレイヤーだ。

しかし、ハンバーグの中にチーズが入っていて、ナイフを入れるとチーズがとろっと流れ出す映像に対して無条件に「うわー!美味しそう!」っていう感じにはならない。これもそれなりにシズル感に溢れた映像なんだろうけど、僕はその時の気分によってチーズ入りが食べたいときもあるし、チーズはいらないや、って思うときもあるので、チーズ入り>チーズなしという構造ではない。

普通のハンバーガーが食べたいときもあれば、チーズバーガーが食べたいときもあるんだ、という話だ。

韓国のアメリカンホットドックみたいなやつで、かじると中からチーズが「びよーん」と出てくるハットグっていう食べ物もテレビで見たことがあるが、スタジオにいる出演者の女性を中心に「うわーん、美味しそうーーん」ってなっていたけど、こりゃ明らかに食べ歩きに向く食べ物じゃねーな、って思う程度だったし、僕が母親だったら「行儀が悪い!」って怒ってる気もする。

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なんでチーズが好きなくせにどうでもいい「びよーん」にこんなにこだわっているかというと、この「びよーん」が持つシズル感は日本だけのものかと思っていたのだが、現実はそうではなかったことに気づかされて、果たして自分の感覚が正解なのかどうかわからなくなったからである。

僕が思うに、可能性は3つある。

①「びよーん」をやることで、空気とチーズが反応して、自分では気づかないうちに味の変化が起こっているという事実があって、「びよーん」をやったほうが実際は美味しい。
②「びよーん」は20代ぐらいまでだったらみんな無邪気にやっているのだけれど、味覚もしっかりして、リスクを考えられる大人になるにつれてやらなくなるという行為である。
③「びよーん」は両親、特に母親に怒られる行為でもあるので、ひとりのときや友達どうしで、ある種の背徳感を楽しみながら行うものである。

これぐらいしか思いつかないので、もしほかの理由があるんだよという方がいらっしゃれば、コメントなどで教えてください。

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