見出し画像

G7はBRICSに抜かれていくのか

1980年代は夢のような時代だった。順調に株価が上昇して日本全土に株神話と土地神話が語られていた。ゼネコンに勤務する人たちは年間365日のうち300回ゴルフをしていた。海外に出張をするサラリーマンは日本航空や全日空のファーストクラスを使った。そしてなんでもいいから一番いいワインを持ってきてほしい。それを飲みたい。そういって欧州を旅行した。

1987年の10月にブラックマンデーが起きた。わたしはスイス銀行グループの証券部門にいた。株式のトレーダーたちの顔色を見ただけでなにが起きたのかすぐにわかった。オフィスにいくたびにひとりふたりと銀行を去っていく人がいた。わたしにもやがて厳しい波が来ることはわかった。投資家が日本の株式市場から引き揚げていく。3万8千円というとてつもない高値をつけていた日経平均株価は暴落した。

1990年にはいって株神話と土地神話はなくなった。2000年になって多少取り戻したかに見えたもののやがて2度目のバブルがはじけた。失われた10年といわれた。2010年には失われた20年。2020年代に入っても失われた30年と続く。やがては2030年代でも失われた40年というひとがいるであろう。

このチャートを見てほしい。これはIMFが発表したG7とBRICSのGDPシェアの対比をしたものである。

The Economist, "Can the West win over the rest of the world?", May 16th, 2023

G7の世界的シェアは1980年代には70%を占めていたという。そのピークから次第に下降線をたどるようになった。90年代にはゆっくりとした下降線を描き2000年代はじめのITバブルがはじけてその傾向は増したかのように見える。そして2007~2009年にはリーマン・ショックという銀行の破綻という追い打ちがきた。2010年からの十年はゆっくりとしているものの下がっている。

そして中国が台頭してきた。インドも後を追うように発展を続けた。ついに2020年代にはいってBRICSはG7のシェアを抜いた。今後もこの傾向は続くと予想され5年後の2028年には中国とインドの二か国の経済力だけでG7に匹敵する日が来るという。これはほんとうだろうか。

このチャートを見てこの議論を展開するロジックにどこかおかしいことに気づかないか。3つある。まずPPPの年が未記載であること。次にPPP理論を使った比較であること。IMFという組織が出典であること。

ひとつめはすぐに気づくことである。それはPPP(Purchasing Power Parity)の値を使った年が記載されていない。通常は2000年平均とか2000年末という凡例が入る。それがない。計算をした数字の年がなければならない。対ドルに対しての年間平均なのか暦年末の数字なのか。そこを見てまずこのチャートがちょっと怪しいことに気づく。

次にPPPというのは購買力平価理論のことをいう。理論の内容のことはさておきこの理論が何に使われるか。為替レートの長期予測をするときに使われる。あくまでの一つの説である。反対論者もいる。為替レートというのは長期的に見て購買力の平均値に収束していくという考えである。そのため大きく購買力から離れることはなくやがてはその平均的な値になっていく。

確かにIMFがPPPを使って各国のGDPを換算する。そしてシェアを公表している。これを集約してG7とBRICSのシェアを比較することはするであろう。ただそれでG7の経済力や存在感が低下していくというのはどこかおかしくはないか。

為替の長期予測をグループ間の経済力比較に使ってしまっている。わたしはこれはちょっと変ではないのかと疑問を持っている。そのことからG7は経済力がなくなって中国とインドに追いつかれた。やがて抜かれていくというのはなにかおかしい。

そしてIMFが出典であること。IMFとは国際通貨基金であってG7ではない。そこは各国が経済危機に陥りそうになった時に緊急な経済支援をするところである。支援はドル建てで貸付を行う。そういった支援基金であるところが作成したデータと集計方法をグラフにしたものである。これはこれで意味があるだろう。しかしG7の経済力評価にはならないのではないか。ちょっとおかしい。

わたしはこの記事を読んだときになにかG7の経済を過小評価するような意図的ないじわるが働いているのではないか。そう勘ぐらざるを得なかった。

わたしはスイス銀行の6年間で4年間は日本銀行からきたアメリカ人のエコノミストの下で働いた。そこでは毎日経済統計を見ていた。エコノミストが支持する通りに統計をコンピューターにいれてグラフにした。グラフにするとその都度彼が解釈を加えてどういうことなのかを丁寧に説明してくれた。

経済統計はデータと集計にどうしても意図的なものが介入し主観的な解釈を加えるエコノミストが多い。それが彼の説明だった。わたしはその会話を今でも覚えている。経済統計を使ったグラフをうのみにするのは注意しよう。そこになんらかの意図が必ずあるはずだ。

G7は追いつかれ抜かれていくのか。このグラフだけを見ればそのとおりであろう。しかしそこに記事を書いた記者の意図がありIMFのエコノミストがこしらえたグラフの集計方法を理解する必要がありそうだ。やたらいろいろなところから数字をかき集めてきたところで正しいロジックとはいえないだろう。決して間違っているとも言っていない。

さて大学生の読者の皆さんはどうだろうか。中には経済学部に所属している方もいることだろう。先生がどこかそういう指摘をするような方であれば経済統計の見方を知っている方であろう。そういう先生のゼミをとることをお勧めする。疑ってみることはとてもいいことだ。そこから仮説が生まれ証明に続く。大学でやることはそういうことだ。

新聞の記事を見るときにちょっと注意してみることが必要だろう。間違った見方をすれば間違った結論しかでない。