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処理水をめぐる食品の安全性

30年前に日本コカ・コーラで勤務をしていた。入社して3年目くらいであっただろうか。ジョージア州アトランタにあるコカ・コーラ本社で2週間の研修があった。その研修では世界各国から集まるコカ・コーラ社員がそれぞれの国の事情を抱えながら本社の意向を学ぶ。当時はサプライチェーン・マネジメントが話題になっていた。

つまりコカ・コーラが考える需給調整。需要と供給の同期化(シンクロナイゼーション)をどのように実現するのか。そしてそれによりいかにコスト削減をするかというものだった。コスト削減には各国で様々な方策が練られていたがいずれの国においても製造拠点と物流拠点の集約化・効率化は本社の指示のもとに進められていた。

だがヨーロッパの国々からきたエンジニアの話を聞いたときにびっくりしたことがある。コスト削減のためにはこのようなことまでするのか。それはペットボトルに表示されている果汁割合。これを少しだけ操作するということだった。果物の収穫は季節によって変化する。買い付け価格も経営目標を上回ることもあれば下回ることもある。しかし製造加工現場では果汁の割合を操作してコストを下げることが行われていたという。

先週、福島県では廃棄処理水の放出が発表された。12年前に起こった東日本大震災による津波により原発事故が起きてしまった。その処理をめぐりさまざまな憶測が流れる中で放出決定がされ実施に移った。さて私を含め一般市民の食品、特に魚への安全性はどこまで信頼されるのだろうか。そんなところがあるオンラインで話題になった。

皆さんは産地の魚を買って食べますか。それが質問だった。

そのイベントに集まった人たちは5人。シニアの女性2名。シニアの男性2名と若い男性が1名だった。ほとんどの参加者ははっきりとした答えを持っていなかった。しかし食品への安全性の関心はとても高いことがわかった。それは健康への配慮であり、日々口にするものであるためいろいろなことを考えなければならない。科学的証明、政府・東電の姿勢、そして健康被害を受けたときの補償である。どういうことだろうか。

まず科学的に安全なのかどうかを実証すること。放出周辺でとれた魚をサンプリングして危険物質の有無を調べる。そして科学的に危険なのかそうでないのかを判定する。そういったことが今後1か月にわたり毎日行われるという。その検査結果は公表され専門家による評価が意見としてとりあげられる。そのいった情報開示で安全性をアピールする。

しかしこれに対して懸念があがった。ひとつには一般の人が公表結果を読んで理解できるのかどうか。科学的な記載データを見てもわからないひとが多いのではないか。もうひとつは専門家の評価がどこまであてになるかどうかだった。しかも魚は被災地周辺だけでなく広範囲に渡って泳ぐのではないかという懸念もあった。

次に政府と東電の対応がどこまであてにできるのか。政府はいう。責任をもって全力で国民の食に対する安全と安心を保証するように努力する。イベントにきたひとたちのなかにこの発言があまりあてにならないのではないか。どこか決意だけを表明しただけで命に関わることをめんどうみてくれないのではないか。そういった懸念があがった。

東電の代表に対しても被害をうける漁民や食品を食べたことによって起こりうる健康被害に対して保証をすると発言はしている。ではどのような被害に対してどうつぐなうのかということは具体的に表明はしていない。ということは被害にあっても金銭的補償はなにも開示されていないということであって、訴えを起こしたあと、何年もかけて補償額が算出されるということであろう。

しかも健康被害の因果関係を立証することは難しい。ある特定の産地を食品を口にした、しないということから死因にいたった。あるいは健康を害されたといってもそれは様々な原因で起こったことが考えられうる。そのためどのような被害が処理水の排出、そしてその周りにいたであろう魚を食品として口にしたということをトレース(履歴を追う)ことは立証するのがとても難しい。そこで被告側は都合のいいことをいって逃げることができる。裁判を起こせない。

すると食品による健康被害を逃れるのは国民ひとりひとりの判断にまかせられるわけである。これはたいへん難しい問題だ。科学的側面、政府と東電の信頼性、そして法的手続き。

ベルギーにあるコカ・コーラのある製品は果汁割合が一定ではなかった。そういったことは普通は消費者は気づかない。これは製造元を消費者が信頼をしてお金を払い、食品として口にして体の中にいれるしかないのだ。当時は製造コストを下げるためにそういったことが行われていた。それが一過性のものなのか、それとも何年にも渡って意図的におこなわれていたのかは不明である。割合を変えたからといって健康に被害があるわけでもない。

しかし処理水となると話はちょっと違ってくるのではないか。ひとりひとりの判断にゆだねられよう。大学生の読者の方々はどのような意見を持っているだろうか。自分のまわりにいる友達とちょっと話をしてみるといいだろう。安い魚であればどこのものであろうと食べるだろうか。

わたしはしばらく様子を見ていろいろな人たちの反応を見ながら対処するのがいいのではないかと考えている。特に小さいお子さんがいる場合は気をつかうことはいたしかたないであろう。