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劉若英「後來的我們」2018年4-6月film

 Netflixで良い中国映画があるとの友人の教えを受けて視聴。2018年4/6月公開の作品である。物語は2007年若い男女が春節で故郷に帰る長距離列車の中で出会う姿、そして10年後、その二人が飛行機の中で再会するところがフラッシュバックしつつ始まる。そしてなぜか10年後の最近が白黒で、昔がカラー映像になるのだが、その謎解きは映画の中で行われる。
 映画の中の言葉が一つずつ印象深い。あなたのためなら何でもするという意味で、「上九天攬月,下五洋捉鱉。」(天をはるか高くまで昇って月をつかみ、海のはてまでもぐってスッポンをつかまえる。)という言葉がでてくる。これは毛沢東の『重上井岡山』(井岡山に再び登る)という詩の一節。1965年5月、毛沢東は、かつて革命根拠地とした井岡山に再び登り、この歌を詠んで、革命を改めて起こす気概を示したとされている(参照 汪東興《汪東興日記》當代中國出版社2010年,164-186, esp.183-184)。今時、毛沢東と思うのは私が日本人だからで、中国の人は単に漢詩として見ているのだろう。なおこの詩は次のようにどのような困難もいとわない、という言葉の流れである。
 「可上九天攬月,可下五洋捉鱉,談笑凱歌還。世上無難事,只要肯登攀。」
 二人は同棲し互いに思っていて、しかし結果として結ばれない。
 生き方を貫くのは本当にむつかしい(想要不負此生,真的很難。)。若い時は貧しかった。今は職も家もあるがあなたはいない。
    後來的我們什麽都有,卻沒有了我們。
    我已經變成你想要的樣子了。-可我已經不是原來的樣子了。
    我最大的遺憾,就是你的遺憾與我有關。
 人生の刹那刹那で、あのときこう言えばよかった。あすこでこうすればよかった。多くの人が同じような苦い経験をもっている。
    別等到失去 才説「對不起」
    別把「我愛你」留給來不及 
    映画の舞台は、2007年から2018年までの中国であるが、そこにある人生の機微や悔悟の繰り返しが人生だという達観は私たちと変わらない。
    なおこの映画の監督は台湾で歌手として知られる劉若英であり、その監督処女作である。それだけに、台湾人の彼女だから描けたことがあるのかもしれない。制作は2017年、大陸と台湾での公開は2018年である。考えてみると、2016年に蔡英文氏が台湾の総統になってから、台湾と大陸は緊張を増していたはずだが、2018年にこのような文化交流が、台湾と大陸との間で成立していたことになる。また映画の題名は五月天の後來的我們(2016年7月発表)を意識しており、この歌は映画のなかで挿入曲の一つにもなっている。

     以下はこの映画の挿入曲、田馥甄の愛了很久的朋友。


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