マガジンのカバー画像

中国思想・短編小説・歌曲選

66
https://blog.goo.ne.jp/fu12345/e/7cc5e1ad373775c11668b88a748c64a6 中国的な考え方を知る手がかりを探しています。
運営しているクリエイター

#魯迅

魯迅《一件小事》1920/07

 これは経験談のように思える。執筆は1919年11月と推定されている。魯迅《呐喊》北京燕山出版社2013年pp.31-33 (なお写真は白山神社のアジサイ。2020年5月29日撮影)。  乗り合わせた人力車の車夫の話。それは民国六年(1917年)の冬のこと。車夫と白髪で衣服もボロボロの老婦人がぶつかって、老婦人は倒れてしまう。魯迅はたいしたことではないと思い、それを口にしてしまうのだが、車夫は、老婦人を助け起こしてケガをしたといわれて、婦人を伴って交番の警官に「事故」を届け出

魯迅《社戯》1922/10

 社戲は農村で昔、お祭りのときに演じられた出し物のこと。ここではその思い出を述べた魯迅(1881-1936)の1922年10月の小説のこと。この小説を魯迅は自分は2回「中国戯」を見たことがあると話を始める。最初は民国元年(1912年)北京に来て間もない時。二度目は湖北省で水災義援金として切符を買ったとき(手元の竹内好訳は、「水災」をなぜか「火災」としている。岩波文庫1981年改訳版p.188)。いずれも席にゆっくり座って鑑賞するといったことにならなかった、顛末が描かれている。

郭運恆「魯迅,胡適の政治観」2007

郭運恆《魯迅,胡適政治觀之比較》載《魯迅與胡適》綫裝書局2007年pp.131-143 こうした胡適の闘いを、日本人の知識の中に取り戻すことが必要であろう。また一般の中国の人はどの程度、この話を知っているのだろう(写真はヤマアジサイ)。 p.131 魯迅と胡適はかれらの家庭出身、学問を求めた背景、気質性格などの方面がすべて違うが、当時の社会が大変革、不安定さ(大動蕩)、中華民族が生存と発展の極めて困難な時期に直面していたなかで、彼らは良心溢れる知識分子として、政治から離れ

從百草園到三味書屋(2)魯迅 1926/09

魯迅(ルー・シュン 1881-1936)。 魯迅は浙江省紹興県生まれ。その子供時代を思い起こして書いた散文である。写真は『魯迅作品選』大安1967年発行より採録した『三味書屋』内部。日本の寺子屋とは違い、机と椅子であり、天井も高い。中央に先生が座っていたのだろうか。散文の後半は魯迅がその子供時代に通った三味書屋という書塾の思い出である。なるほど書院ではなくて書屋というのだと感心する。勉強の方法はただひたすら朗読するというもの。その後習字。さらに先生による暗唱のチェック(対課)

從百草園到三味書屋(1) 魯迅 1926/09

魯迅(ルー・シュン 1881-1936)。 魯迅は浙江省紹興県生まれ。その子供時代を思い起こして書いた散文である。1926年9月18日と脱稿の日付けがある。なお写真は『魯迅作品選』大安1967年より採録した。この散文の最初の百草園の部分では、美女蛇伝説が語られる。人の名を呼んで返事をしたら、夜の間にやってきてその人の肉をたべてしまうという。その教訓は、覚えのない人に名前を呼ばれても絶対に返事をしてはいけない、というもの。記憶に残る教訓である。 結末的教訓是:所以倘有陌生的聲

魯迅 阿Q正伝 1921

 魯迅の「阿Q正伝」を久しぶりに読んだ。このお話にはいくつかのポイントがある。一つは精神勝利法というもの。ボロボロに負けたって、考え方で勝利して意気揚々になるというもの。 打完之後,便心平氣和起來,幾乎打的是自己,別打的是別一個自己,不久也仿佛是自己打了別個一般ー心滿意足的得勝的躺下了。 この精神勝利法は阿Qをからかっているようであり、中国が遅れた状態から抜けだせなかった原因を探っているようでもある。  もう一つは阿Qがどこまでも、救われないみじめな存在で、最

魯迅《孔乙已》1919/03

魯迅《呐喊》北京燕山出版社2013年pp.15-18 (写真は本郷給水所公苑 撮影2020年5月29日) 飲み屋で店員をしていた若者の回顧談。しかし魯迅がそうした経験をしたわけはないので、この話は完全に創作である。 20世紀初頭の中国は急速に時代が変わった時期。登場人物の孔乙已のように時代にのれず、おちぶれた人たちを魯迅もたくさん見聞したはずだ。その意味では、モデルやもとになった話はあるのかもしれない。 孔乙已はこの飲み屋の客。最初に飲み屋の客を、短衣幫を着ている労働者、

三余の教え

 三国時代(魏呉蜀の鼎立の時代)に董遇(2世紀後半から3世紀前半)という人がいました。時間を見つけては勉強して大学者になったとされています。いろいろな人が彼をしたって教えを乞いますが、彼はまず百回読むことだと言って、教えません。それを聞いた人は董遇に、その通りだと思いますが、しかしどこにそんな時間がありますかと聞くと、董遇は笑って答えました。三余の時間があるのにそれに気が付かないだけです。それは、冬の農作業の無い時、夜働く必要がない時、そして雨で出られない時です。聞いた人は