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中国思想・短編小説・歌曲選

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https://blog.goo.ne.jp/fu12345/e/7cc5e1ad373775c11668b88a748c64a6 中国的な考え方を知る手がかりを探しています。
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2022年6月の記事一覧

文珍「刺猬,刺猬」『天涯』2019年第6期

 作者の文珍は1982年湖南生まれの女性。中山大学金融系卒業後、大学院は北京大学中文系。作者の履歴はこの小説の主人公筱君(シアオ・チュン)の履歴と重なる点が多い。どこまでが創作でどこまでが経験なのか。『2019中国年度短篇小説』漓江出版社2020年1月pp.286-306から採録した(原載『天涯』2019年第6期)。刺猬(ツーウェイ)はハリネズミのこと。この小説は、お人好しの母についての主人公による述懐。中国の人の生活や人生についての考え方に理解できることも多い。  主人公

王軍「人生而立」『北京文学』2019年第6期

 中国では官僚を選抜して大学院に送り、修士号や博士号を取得させたあと、重用する習慣がある。日本でも官庁や大企業では、海外の大学院に留学させることがあり、このやり方は理解できなくはない。しかし官僚としての事務的能力と、語学力や論文をまとめる力は異なるものではないかと、個人的には思う。あるいは狙いはそもそも学術的能力ではなく、エリートとしての共通の経験や人的つながりを得させることにあるのかもしれない。ところで大学院に送り込まれて、成果をあげねばならないプレッシャーは高い。他方、大

双雪涛「心臓」『上海文学』2019年第3期

1983年生まれ瀋陽在住の双雪涛による短編である。彼女自身の経験のように読める。簡単にあらすじを追いかける。(見出しに使った写真は六義園の裏道である。) 著者のお父さんが心臓病になったとき、救急車に父親を載せて、付き添いの医師と救急車で北京に向かうその顛末を描いている(《2019中国年度短篇小说》漓江出版社2020年1月pp.98-109)。 著者はそれまで意外にも北京に行ったことがなかった。父親は、2015年11月6日の夜、突然発症した。心臓病は父親方の一種の遺伝のよう

楊少衡「有点着急」『芙蓉』2019年第1期

作者の楊少衡(ヤン・シャオハン)は1953年福建省漳州市生まれ。文革時知識青年。1977年から県、市,省などで役人の経験がある。この小説でもその経験を踏まえて、官僚組織の中での昇進をめぐる人の心の機微を巧みに描写している。西北大学中文系卒。この小説には二人の主人公がいる。省の副省長の胡貞(フー・チェン)と、その省のある市の市長の彭慶力(ポン・チンリイ)。胡貞は中央から省に送り込まれた人で女性。どうも中央に対して省人事を推薦する役割の人。彭慶力はかつては最年少の市長であった人で

朱山坡「鳳凰」『花城』2018年第6期

 著者朱山坡(チュー・シャンポウ)は1973年8月生まれ。広西省北流市の人。この小説は、大人のおとぎ話なのだろう。多くの比喩が隠されているように思える。明確な時期の指定がある。それは1978年から1979年という中国が改革開放に進む時期である。この時期、「改革開放」だけが行われたわけではない。中国はベトナムに対して戦争を仕掛けている(1979年2月17日から3月16日とされている)。実はこの戦争は中国にとり苦戦で多くの犠牲を出している。この小説で出てくる戦争はこの中越戦争だろ

湯成難「搬家」『当代小説』2017年第5期

作者の湯成難は1979年生まれの女性。江蘇省揚州の人。以下の小説の主人公は男性で「方老師」と呼ばれている。この小説は『2017中国年度短篇小説』漓江出版社2018年1月から採録した(原載『当代小説』2017年第5期)。以下はあらすじである(見出し写真はヒルザキツキミソウ)。  小説は、私(主人公)のところに李城から、一度かれの郷土小官庄に来て欲しいとの電話が入る場面から始まる。彼の郷土の話を李城は何度もしたので、小官庄のことは一木一草までよく知っている土地の様に思えるほどだ

楊少衡「親自遺忘」『湖南文学』2016年第10期

著者の楊少衡は1953年福建省漳州生まれ。西北大学中文系卒。この小説は政務にあたる指導幹部が、ある失敗をしたときの感慨を描いている。「親自遺忘(自ら忘れる)」。この小説は、いろいろな受け止め方ができる。幹部が、支援の対象である若い学生を傷つけるつもりはなく傷つけてしまった(読んでいてこの幹部を批判する気持ちに単純になれないのは、意図せずに他人を傷つけることは実はよくあることだからだ)。どうすればよかったのか。この小説は、指導幹部の慢心を批判しているとも読めるし、指導幹部への政

陳再見「有些事情必須説清楚」『解放軍文芸』2016年第8期

筆者の陳再見は1982年広東陸豊生まれ。現在深圳に居住。『2016中国年度短篇小説』漓江出版社2017年1月pp.156-165より(原載『解放軍文芸』2016年第8期)。この小説はわかりやすい。場所は、南部の田舎の小学校。主人公は従軍経験のある老教師。背景にあるのは、教育において教師が生徒に暴力を使うこと(体罰)の禁止、そして子供が一人の老夫婦にとっての子供の大切さの問題などだろうか。登場する20世紀70年代の南部国境(辺境)作戦は、ベトナムとの戦争を指すのだろうか?

范小青「設計者」『花城』2015年第3期

作者の范小青は女性で江蘇省南通の人。蘇州で育った。1978年に蘇州大学中文系に入学。1982年に卒業とともに大学に残り教育に当たり、1985年から江蘇省作家協会に属して創作活動とのこと。この作品は『2015中国短篇小説年選』花城出版社2016年1月pp.262-272より(原載『花城』2015年第3期)。主人公は室内設計の人だから作者個人の話ではなく創作である。主人公には学歴のない悪人でもある兄がいて、しかしその兄には主人公にないものがあって、兄は学歴で苦労したのではないか、

叶兆言「失踪的女大学生」『長江文芸』2015年第1期

 この短編小説は何回か読み、しかし今までここでの紹介には至らなかったもの。それは後述するように、この小説の作品としての完成度に強い疑問があるからだ。今回、おおまかに内容について述べ批評する形で紹介する(写真は、「浜離宮庭園」から隅田川越しに「勝どき」方面を見たもの)。  二つの部分から構成されていて、標題の女子大学生の失踪の話は後半。前半は一見それと無関係に思える筆者叶兆言(1957-)の祖母や父方叔母など親族女性が受けた大学教育について語ったもの。後半が女子学生失踪の話。こ

弋舟「礼拝二午睡時刻」『南方文学』2014年第7期

作者の弋舟は1972年生まれ。江蘇州無錫の人。現在甘粛省蘭州に居住して創作を続けているとのこと。賀紹俊主編『2014年中国短篇小説排行榜』百花洲文芸出版社2015年1月pp.262-277所収(原載『南方文学』2014年第7期)。この小説は、話としては単純である。貧しい農村の母子が、農村を出て都会に出てくる。夏の暑い日である。県のバスセンターまで2時間あまり。そこから省都へバスを乗り継ぐ。母親は知り合いの「先生」のところで保母をしようとしている。連れているのは小さな男の子だ。

孟小書「逃不出的幻世」『十月』2014年第3期

孟小書「逃不出的幻世」。「逃げ出せない幻(まぼろし)の世界」。この小説は以下のような「現代的」な内容。また文章としても読みやすい。 主人公は西安の学校でアニメ(動画)デザインを学んだ22歳の女の子。パソコンで毎日、映画を見ていて寝不足気味。おもちゃのデザインの仕事をしたいと思っているが、今は、北京の自宅で母親と同居中。父親は離婚して別居中。母親はなにをするでもなく一日中連続テレビドラマを見ている。 明け方まで映像をみていると、たまたま蘇州のアニメ会社から面接試験の案内があ

阿成「野百合小学」『作家』2013年第5期

阿成の「軽風拂面」の中の3つの連作「草根飯店」「老秦」の最後「野百合小学」である。正直な読後感としては、前の二つに比べて、短いお話の割には登場人物が多く、話が少し散漫になっているように思えた。『中国当代文学経典必読 2013短篇小説巻』百花洲文芸出版社2014年2月pp.21-24から採録した(原載『作家』2013年第5期)。以下のような話である(見出し写真は新宿御苑)。  野百合小学というのは野百合の荒れ地に建てられた小学校ということで、このように呼ばれている。  しかし

聂鑫森「典当奇聞」『長城』2013年第4期

 賀紹俊主編『2013年中国短篇小説排行榜』百華洲文芸出版社2013年12月pp.150-159所収(原載『長城』2013年第4期)の要約(見出し写真は小石川橋から池袋線の湾曲をみたもの。下の川は神田川。右の道路は外堀通り)。  典当,当鋪,錢庄。いずれも同じで、日本で言う質屋である。品物を預かって金を貸すもの(抵押貸款)。この小説は、1940年代の湖南省湘潭が舞台である。当時、到るところにこの質屋があり、高利であることが知られていた。金利は月に3割から5割。期日までに買い