見出し画像

長崎きまぐれ案内その15 ー精霊流し 決意編

足掛け20年住んだ長崎だが駅前の観光案内や空港行きのバスを見ると何故だかたまたま寄った観光客の気分になってしまうことがある。

成人した後社会人になって初めて住む街とはそんなものなのだろうか。だからという訳ではないが義母が亡くなった翌年お盆が近づくにつれ上さんの実家で精霊流しの話しとなったときまるで他人事の様に聞いていた。

「あなたもお母さんの精霊船を引くのよ。」

上さんの言葉に思わず腰がピクッと浮いた。ちょっと、ちゃんと今までの話し聞いてた?と言葉の裏に含みがあった。「えっ。そうなの。」「そうよ、当たり前じゃない。」「ハイ、分かりました。」不意をつかれてそのままイエスと言ってしまった。他人事と思っていた訳ではないが普通の法事などと違って精霊流しと聞いただけでよそ者が観光客として見る様な態度に反射的になっていた。

当日は親戚の皆とお揃いの白いはっぴを来て大声で掛け声をかけ終わった後は例によって親戚中で宴会となった。

それから大分経った。今度は義理の実家ではなく我が家で上さんが亡くなった。

次の年義父からは好きな様にしてくれたらいい。精霊流しをやりたくなければやらなくてもよい、と言われていた。こちらに気を遣ってくれての言葉であることは分かっていた。寂しがり屋の義父にしてみれば娘の初盆をポツンと寂しく過ごすことは辛いことだろう。自分にとってもそれは同じ事だった。

精霊流しをすることを最終的に決めたのはやはり気持ちにある種のけじめをつけようと思ったことだった。

更に、義母のときの上さんの言葉にしなかった言葉がよぎる。あなた、他人事と思ってない?自分をたしなめる上さんからの言葉がどうにかすると聞こえてくる。上さんの言葉は義母のときのそれではあった。しかし、本人のときもやはり同じことを言うのではないか。あなた、他人事と思っていない?私のことよ。もし初盆で何もしなかったらこのセリフに一生悩まされそうな気がしていた。急き立てられた訳ではないが自分個人の心の整理にもなると思っていた。

義母のときに経験していたとはいえそのときは船を引く当日の参加者でしかなかった。今回は喪主である。何から何まで準備しなくてはならない。

事前準備はお世話になった葬儀屋さんに相談した。精霊流し本番は8月15日だが準備は5月ぐらいから始まる。まずは精霊船の手配だ。

船の大きさや種類もさまざま。会社の経営者や代表者の船を引くのであれば大々的になる。2つの船をつなげて20人か30人ぐらいの参加者となる場合もある。夫婦2人でひっそり引く船もある。近年は時代の流れだろうか。人の船だけではなくペットの精霊船もあった。

船の大きさも様々だが船の種類もやはり様々だ。ある程度出来合の装飾品が準備されていてそれを組み立てるセットがある。一方、船の骨格になる材料や基本の飾りだけで装飾品は始めから手作りとするセットもある。後者に比べて前者
はいわばお任せセットと言える。

6月ぐらいだろうか、7月だったか。警察署かどこかに行った記憶がある。公道を使うので事前に届け出が必要だった。何やらいろいろな注意事項とか届け出の書類とその書き方の説明とかだったと思う。何十人かが集まっていたと思う。警察の人も大変だなと思った。役所の人もそうだ。あれだけ爆竹を鳴らして紙くずやらゴミが散乱している道路も翌日の午前中には綺麗にしていた。早朝からせっせと道路のゴミを回収しているのだ。

自分においても実際の精霊船を引くことを甘く見ていた。


この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?