第6回: 匠Methodの概要その1-基本コンセプト
これまで4回に渡りCMMI®をテーマに執筆いたしましたが、今回から気分を変えて、「ビジネスをデザインするための手法」のである匠Methodをテーマに執筆いたします。
初回は「匠Methodとは何か?」及びその根底にある思考要素「知・情・意」についてご紹介します。
※当ブログで使用している匠Methodに関係するいずれの図についても、萩本順三さんから提供いただいた資料「DXと名の付くプロジェクトで忘れてはならないこと〜匠Methodによるビジネスデザインの本質~」から引用しており、萩本順三さんおよび株式会社匠Business Placeから使用許可を得て掲載しています。
1.匠Methodとの出会い
私が匠Methodを知ったのは4年前の2019年と比較的最近です。鷲崎 弘宜さん、平鍋 健児さん、羽生田 栄一さん、萩本 順三さんによって設立されたSE4BS (Software Engineering for Business and Society)に、私が検討メンバーの一人して参加させていただいたことがきっかけでした。サイトではSE4BSの設立目的を以下のように述べています。
匠MethodはSE4BSの設立メンバーの一人である萩本順三さんにより開発され、SE4BSの定義する「価値駆動開発プロセス」の中の、「ビジネスをデザインする」および「ビジネス・ITをマネジメントする」レイヤーの中での推奨メソッドに位置づけられています。SE4BSについては近いうちに当ブログでもご紹介するつもりでおりますが、ご興味がある方は是非上記のリンク先を覗いてみてください。
私はSE4BSに参加して以来、匠Methodに関する書籍を購入したり、SE4BS主催のセミナーへ参加したりしながら、自分なりに匠Methodを学びました。その後、お客様や自分の所属するワーキンググループ、また自分自身のキャリアに対して匠Methodを適用してみたところ、短期間で効果を実感することができました。その効果とは、例えば以下のようなものです。
部門やプロジェクトへの適用効果
お客様の部門やプロジェクトでは様々な活動を実施している(あるいはこれから実施しようとしている)。しかし、そこに所属するメンバーは自分達が何を実現したいのか?誰にどんな価値を提供したいのか?を考えていないことが多い。あるいは各メンバーが考えている内容がバラバラで、同じ方向を向いていないことが多い。匠Methodを活用しそれらを言語化することで、メンバーで共通認識をもつことができた。
自分自身への適用効果
私は毎日様々なタスクを遂行している。しかし、それらのタスクを通じて自分は何を達成したいのか?誰にどのような価値を提供するためにそのタスクを行っているのか?を考えていなかった。匠Methodを活用しそれらを言語化することで、自分の行っているタスクの提供価値を認識し、より価値の高いタスクに焦点を当てることができるようになった。
このように私自身が実際に試して効果を実感することができたので、多くの皆様に匠Methodを知って活用していただきたいと思い、当ブログのテーマとしてご紹介することに決めました。
2.匠Methodとは
改めて匠Methodを一言で述べると何でしょう?冒頭で匠Methodは「ビジネスをデザインするための手法」と述べました。実はこれを定義するために、「匠Methodとは何か?」に関する記述があるサイトを調べたのですが、以下のようにいくつかの異なる定義を見つけました。
ビジネス変革のための方法論
ビジネスデザインを行うための企画⼿法
オープンなビジネスデザイン⼿法
ビジネスの価値を見出し、事業の開発や組織の改善につなげていく方法
これらの共通部分を取り出して、当ブログでは「ビジネスをデザインするための手法」と定義しました。
3.匠Methodの特徴
次に匠Methodの特徴についての記述を、いくつかのサイトから集めてみましたが、それは以下のようなものでした。
ビジネス企画における問題を価値の視点でまとめ上げ、組織全体が一体となって推進していける戦略・業務をデザインすることができる手法
要求開発の発展形として、ビジネス価値を表現するモデルの導入やITを含まないビジネス活動にも使えるように拡張されている
株式会社匠BusinessPlaceから提供されている日本生まれの誰もが使えるオープンな手法であり、同社代表取締役会長の萩本順三さんが開発した
“ビジネス”や“価値”という単語が頻出しますので、これらが重要なキーワードであることが分かります。また“ITを含まないビジネス活動にも使える”、“誰もが使えるオープンな手法”とあります。幅広い領域で使用できて、ライセンス等を気にせずに気軽に使えるのも嬉しいですね。
実は匠Methodにはもう一つ重要な特徴があります。先ほど匠Methodを「ビジネスをデザインするための手法」と定義しましたが、ビジネスに限らず適用可能なのです。例えば、先端IT活用推進コンソーシアムにおける匠Methodの説明資料では、活用領域として以下の例が挙げられています。
ビジネスデザイン(製品やサービス企画)
業務改革・改善
企業・中長期戦略
部門デザイン
プロジェクトデザイン(ITシステム開発、業務活動)
キャリアデザイン
特に最後の「キャリアデザイン」に注目してください。つまり匠Methodは、「ビジネスデザイン」や「部門デザイン」という大きなテーマから、「キャリアデザイン」という小さなテーマまで、同じ方法でデザインできるのです。
なお上記の資料の中には「匠Methodで目指したこと」として、以下が挙げられています。
素早く立ち上げる
ビジネス価値が検証できている
実現性のリスクが少ない
小さく立ち上げて大きく成長
ビジネスの変化に耐えられる
この特徴を読んで何かを思い出す人もいると思います。そうです、アジャイルの価値観を思い出させてくれますね。匠Methodはアジャイルとも親和性が高いのです。
4.匠Methodに含まれるモデル
匠Methodは非常にシンプルで、次の6枚の図(モデル)で会社のビジネスから個人のキャリアまで同じ方法でデザインすることができます。
実際に私も試してみましたが、図もルールもシンプルなので覚えるのは容易で、短期間で効果を得られることを実感しました。しかしその一方で、大変奥深く、経験を積めば積むほど上手く活用できるようになり、より大きな効果を得ることができるだろうとも思いました。私自身もまだまだ発展途上で、試すたびに新たな発見があります。
各モデルのご紹介は次回とさせていただき、残りのスペースでは、各モデルの理解に役立つ思考の3要素「知・情・意」をご紹介します。
5.匠Methodの根底にある思考要素「知・情・意」
哲学者Kantは人の根源的な思考要素として「知・情・意」の三つを挙げ,そのバランスによって人々は動いていると説いています。匠Methodの根底にはこれらの要素があり、これらを理解することにより、各モデルの位置づけや役割をより明確に深く理解することができます。
実は匠Methodの説明で「知・情・意」が出てきたのは比較的最近の2019年です。開発者の萩本さんは匠Methodに関する2冊目の著書「ビジネス価値を創出する「匠Method」活用法(2018/4/20)」では、同様な内容を「意志・表現・活動」と説明しています。更には、それを基にしたブランディング手法「ArchBRANDING」も開発しました。この「意志・表現・活動」の考え方をKantの言葉を使用してより一般化して説明したものが「知・情・意」です。
まずは「知」「情」「意」のそれぞれについて、説明したものが以下の絵になります。
知の思考(論理思考): 論理展開ができ、抽象化・具象化、賢く判断し素早い処理ができる
情の思考(デザイン思考): 人の立場や心を理解し、ハートで物ごとを見て存在しないモノやコトをカタチにする
意の思考(コンセプト思考): 深く洞察し本質を見抜き全体感を持って方向性を定める.
萩本さんは、魅力のある製品やサービスは「知・情・意」がバランス良く備わっていると述べています。以下はその一例です。
皆様も自分の好きな製品やサービスを思い浮かべてください。自分がなぜそれに心を動かされたのかについて、言葉で説明してみてください。なかなか難しいのではないでしょうか。しかし「知・情・意」の3要素に分けて考えることで、上手く説明できるかもしれません。
次に「知・情・意」のどれか一つが欠けると、どのような問題が生じるか考えてみます。萩本さんは、以下のように説明しています。
情が欠けた場合
・狙いが明確で、(←「意」がある)
・実現までの説明が分かりやすいが、(←「知」がある)
・視野が狭くあまり魅力を感じない。(←「情」が欠けている)
◆周りの人の感想
「あなたのやりたいことはよく分かるし、実現までのステップも明確できっと実現できると思う。でもそれができたとして、誰が喜ぶのかな?」
意が欠けた場合
・魅力的で、(←「情」がある)
・かつ説明的であるが(←「知」がある)
・まとまりが感じられない(←「意」が欠けている)
◆周りの人の感想
「なるほど、あなたは色々なアイデアを持っていて凄いね。それぞれのアイデアについて皆さん喜んでくれるだろうし、実現もできそうだね。でも色々やるのはいいけど、あなたは何を目指しているの?何を実現したいの?何をやりたいの?」
知が欠けた場合
・狙いと、(←「意」がある)
・発想力が豊かで分かりやすく魅力的であるが、(←「情」がある)
・深い説明ができない(←「知」が欠けている)
◆周りの人の感想
「確かに私達の目標はそれだ。またあなたのアイデアはとても魅力的で実現できれば皆喜ぶと思う。でもそれらのアイデアが私達の目標達成にどのように繋がるのかよく分からないし、実現できるかも分からないから、あまりやる気にならないな。」
皆さんも「知・情・意」のいずれかが欠けている製品、サービス、組織、プロジェクトをいくつか思い出すことができるのではないでしょうか。「知・情・意」という概念を知るだけでも、自分達の思考の何が欠けているのかが明確になり、改善に繋げることができるのだと思います。
しかしながらその一方で、「知・情・意」を全てバランスよく思考できるような天才は少ないと思われます。人には得手不得手があり、またその得手不得手も状況に応じて変わります。そこでチームを作り、メンバーが弱点を補い合って、チーム全体でバランスを取る必要があるのです。萩本さんはそれを「集合天才を作る」と表現しています。
ここまで読んでいただいて匠Methodと「知・情・意」に興味を持った方にお勧めのビデオがあります。それは萩本さんが最近リリースしたYouTubeビデオ「知情意と日本人が世界から称賛される特異性」です。是非視聴してみてください。「知・情・意」についてより深く理解することができるだけでなく、日本を元気にするヒントも得られるはずです。
今回はこの辺で終わりにしたいと思いますが、一点補足させてください。ちょうどこのブログを執筆中に、CMMIリードアプレイザーの大先輩の古井丸一義さんに対して匠Methodをご紹介する機会がありました。その際に古井丸さんから、匠Methodは以下の書籍の内容と関連が深いのではないかというご意見を頂きました。
“世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?経営における「アート」と「サイエンス」山口周 著、光文社新書”
早速読んでみたのですが、匠Methodの有用性と、なぜ匠Methodが効果を生み出すのかをより深く理解できました。匠Methodは萩本さんがご自身の経験や思考を基に生み出したものではありますが、実は他にも多くの人が同様な考えに辿りついていることから、そこには普遍的な原理と真実が含まれていると感じました。当書籍と匠Methodの関連については、今後のブログでまた触れたいと思います。
次回のブログでは、匠Methodの各モデルについてのご紹介と、「知・情・意」をバランスよく思考するための具体的な方法をご説明します。
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