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【ショートショート】結婚したかった男

浮いた話のひとつもなく、実家に帰るたびに「結婚しないのか」と両親に聞かれる男。顔はトムクルーズに少し似てハンサムだが、女性と付き合ってもなぜか長続きしない。

「そもそも結婚したからって幸せになれるとは限らないだろう」
これは「結婚しないのか」に対する彼の逃げ口上だが、そんなことを言う人間は結婚する気がないに決まっている。
だが、会社で管理職に昇進したい彼は「早く結婚しなければ」と思い詰めていた。結婚相談所に会員登録し、次々と相手を紹介してもらったが、結婚したいという相手にはなかなか出会えない。焦った彼は相談員に個別面談を申し込んだ。
「なかなか良い人に巡り会えないのですが」
「そうですか…ご希望はアンケートで伺ってますが、具体的にどんな方が良いのでしょう?」
「そうですね、私のことを1番に考えてくれて、私のすることに口出しをせず、やりたいようにさせてくれる女性ですかね。あと私の財布の紐を握ろうとしない人、かな」
「なるほどー。なかなか難しいかもしれないですねー、深く話してみないとそういった人なのかどうかは分かりませんのでね。ちなみにいま話されたような具体的な希望はこれまで紹介された方に直接話されたりしたのでしょうか?」
「もちろん!」
「なるほどー!親しくなる前にあまり言わない方が良いかもしれませんね…どうでしょう、次に紹介された方と思い切って結婚してみるというのは。もちろん相手の方の容姿とか性格がお客様のご希望に沿えば、ですが」
「え、でも結婚してみてダメだったらどうするんですか?」
「離婚されたらいいんじゃないでしょうか?昨今、離婚は珍しいことではなくなりましたし。お客様は結婚したことがないことを気にされているのではないのですか?」
「あ、確かにそうですね、結婚してみます」

「次に紹介された人と結婚してみよう」
そう決めると不思議と彼はワクワクしてきた。彼はハンサムで高収入の部類に入るので、候補者は多かった。結婚する前提ということで、これまで以上に念入りに候補者を選び、紹介してもらうことにした。幸い相手もOKだった。
相手と会ったその日に彼は言った。
「信じてもらえないかもしれませんが、あなたに一目惚れしました。結婚していただけませんか?」
「え、そんないきなり言われても…もう少しお話しさせてもらってからお返事しても良いですか?」
相手の彼女は至極真っ当なことを言った。彼は「もちろんですよ!」と言って自分がいかに結婚したいかを彼女に演説した。彼は演説は得意だったので、相談員のアドバイス通りに上手に話すことができた。
3回目のデートで彼はプロポーズした。
「私と結婚していただけませんか」
「はい、よろしくお願いします」
と彼女は答えた。

「嫌いだな、君みたいな人は」
2人が結婚して3ヶ月が経っていた。
「とにかく自分のことしか考えてないし、相手がどう思おうがどうでもいいんだろう?自分の好きなようにしたいだけじゃないか」
「そうね」
「否定しないんだな。そういうところも好きになれない。でも…僕もそうなんだ。君とそっくり。だから結婚する資格がないと思ってた」
「そうなの?」
「君、自分には結婚する資格があると思ってるの?」
「ないの?」
「…まあいい。君と僕はそっくりだ。びっくりしたよ、この世にこんなに自分と似た人がいるなんて。君となら結婚を続けても案外うまくいくかもしれない」
「ごめんだわ」
「どうして?君と僕は似たもの同士。互いを尊重して心地よい関係を続けられると思うよ」
「私ね、プロなの」
「は?」
「あなたみたいな人と結婚するプロなのよ」
「何を言ってるんだ、君は」
「あなた、結婚してみたかったんでしょう?そして向いてなかったでしょう、結婚。私、それを分かってもらうプロなのよ」
「ははぁ、なるほどねぇ」
「慰謝料はいただかないことになっております。離婚されますか?」
「⁉︎…もちろん!」
かくして男は予定通り離婚し、幸せになった、かどうかは未定。

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