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旨けりゃいいってもんじゃない #元気をもらったあの食事

もう15年以上前の話になるが、私の仕事の後の楽しみと言えばラーメンだった。今もそう変わらないが、もっと切実にラーメンだった。一杯のラーメンにどれほど力をもらったか知れない。

当時、私はシステムエンジニアの仕事をしていて残業当たり前の毎日だった。結婚していたが、妻も子供も平日に私と一緒に夕飯を食べることは諦めていた。私の平日は、仕事をして残業終わりに適当な店で夕飯を食べ、帰宅して寝る、それだけだった。
適当な店と書いたが、本当に適当な店では困る。自分へのご褒美として適当な店でなければ。その点、ラーメンは適当だった。ラーメンは、その一杯に店主の創意工夫が全て詰め込まれている。自分が好きに選んだ店のラーメンを食べるというのは自分へのご褒美として最上級のものだ。少なくとも私にとっては。

ある日、職場の近くに二郎系のラーメン屋ができた。元二郎の店主がオープンした店だった。麺量は多過ぎるくらいだったがスープの味が好みにドンピシャで歓喜した。夜まで我慢できず昼休みに行ってしまうほどだった。
ただひとつの弱点は早く閉まること。店の営業時間は22時までと書いてあるのに20時くらいに平気で閉まってしまう。残業途中に仕事を抜け出して食べに行くこともあったが、頻繁にできることではない。できることならこの店のようなラーメンを残業終わりに食べたかった。

私の欲望を満たす店を探したところ、帰宅途中の乗り換え駅でその店を見つけた。二郎系であることはもちろんだが、終電間際の0:45まで営業していることに感激した。
初めて行った日のことを覚えている。頭にタオルを巻いた飄々とした感じのお兄さんが「いらっしゃい」と迎えてくれた。終電前とは思えない客の入り。お世辞にも綺麗とは言いがたい、薄暗い店内にカウンター席が直列で10。満席だった。この店のラーメン特有のいい香りが店内に充満していた。
トッピングを聞かれ、ニンニクのみにした。隣の席では山のような野菜に醤油をかけて嬉しそうに食べていた。好きにすればいい。お兄さんの手から丼に向かってニンニクがピュッと投げ込まれ、その丼が私の目の前に置かれた。なんだろう、このワクワク感。丼を受け取り、割り箸を割る。太麺を下から持ち上げてすすった。

旨い!少しぬるいけど、ガツンと旨い!

自分の時間を仕事に捧げて1日を終える人間の、ぽっかりと空いた穴を埋めるのに充分な食事だった。丼に顔を埋めて一心不乱に食べた。幸せだった。店にいる誰もがそうだったと思う。みんな幸せな気持ちになって帰宅し、明日もまた頑張るに違いない。我々にとって頭にタオルを巻いたお兄さんは救世主メシアに違いなかった。
お兄さんにごちそうさまを言って店を出た。尊い店だ。見つけた自分を褒めてあげたかった。週に3回、多い時は4回通ってしまっていた。不思議と体調は悪くならなかった。若さとニンニクのおかげかもしれない。

しかし、そんな幸せな日々はそう長くは続かなかった。調理機器の不調でその店が移転することになったのだ。

少しぬるかったもんな。でも別に良かったのに。

当時の偽らざる気持ちだ。移転まで3週間くらいある。また残業後のご褒美ラーメン探しが必要になった。とはいえ、すぐに見つかるものではない。
ある日、我慢できなくなった私は残業を途中で抜け出し、職場近くのお気に入りラーメン店に行った。すると、頭にタオルを巻いたあのお兄さんがいるではないか!私の顔を覚えていたのか、お兄さんが話しかけてくる。

「この店来るんだったらアッチは行かなくていいんじゃないの?」

いや、違う!この店は確かに旨いけど、お兄さんの店も他には代え難い大事な店なんですよ!

そんな熱い言葉は伝えられず、「アッチは辞めちゃったんですね」としか言えなかった。
お兄さんは店長に内緒でこっそり豚を2枚サービスしてくれた。嬉しかったが、悲しみの方が勝っていた。いつも通りラーメンは旨かったけれど。

その後、移転後の店に行ってみた。頭にタオルを巻いたお兄さんがいないことは分かっている。味はあまり期待できないが、行かずに済ますこともできない。意を決して食べに行った。

以前より少し新しめのビルの一階に移転していた。店内は10人程度待てるくらい広く、清潔感が増していた。いつも食べていたラーメンの食券を買い、カウンターに置いて待つ。
店員が私を見て「ラーメンの方、トッピングをどうぞ」と言うので「ニンニク」と答えた。私の前に丼が置かれる。綺麗な盛り付け。割り箸を割り、太麺を下から上に引き上げてすすった。
旨い!スープが熱々になっている!嬉しい!だが、何か足りない。なんだろう。以前より旨くなっているのに。

私はあの薄暗い店内でタオルを巻いたお兄さんが作ったラーメンを心に穴の空いた仲間達と一緒に食べたかったのだ。そうすることで救われていたのだから。

旨けりゃいいってもんじゃないのだ。

あの辛い時期を乗り越えて今がある。頭にタオルを巻いたお兄さんには本当に感謝している。どこかのラーメン屋の店主として成功されていることを切に願う。


頭にタオルを巻いたお兄さんへ

できることならお兄さんのラーメン、また食べたいです。その節は大変お世話になりました。真夜中に心と腹が満たされず助けていただいた者達を勝手に代表して御礼を言わせてください。

助けていただき、本当にありがとうございました。


#元気をもらったあの食事

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