見出し画像

チョコレートをたくさん食べると死ぬ女 #シロクマ文芸部

チョコレートを一枚全部食べるのが、子どもの頃の夢だった。

母はなぜかチョコレートに関しては厳格で、板チョコを溝に沿って綺麗にカットしたものを一個しかくれなかった。一日一個だけ。

一個しかもらえないチョコをいつもゆっくり大事に食べていた。その一個が甘美で、本当においしかった。

「カンナ、あんたはね、チョコは一日一個しか食べたら駄目なのよ。たくさん食べたら死ぬからね」

母は私が「もう一個食べたい」と言うと、そう言って私を脅した。そんな意地悪をするのは私の容姿があまり母に似ていないからではないか。そんなふうに考えたこともあったが、母が厳しいのはチョコレートだけで、普段は本当に優しかった。

死にたくはないので我慢しているうちに、チョコは一日一個でも気にならなくなった。チョコレート以外は好きに食べさせてもらえたというのもあるかもしれない。

そうしていつの間にか大人になったのだが、昨日、会社で死ぬほど嫌なことがあり、思い出したのだ。私はチョコレートをたくさん食べたら死ぬのだ、ということを。

自暴自棄になり、コンビニに行って板チョコを五枚買ってきた。
一枚手に取り、包装紙を破り捨て、丸ごとかじる。

なんか快感!

あっという間に一枚食べ終わった。
ははは。こんな事を夢見ていた自分に笑えてくる。

お母さんにもらって食べてたやつの方がおいしかったな。
ま、いいか。死ぬ為に食べてるんだし。

そんな事を思いながら、残りの四枚も一気に食べた。
口の中が甘い。珈琲を飲みたい。

さあ、チョコレート、たくさん食べたわよ。
私、どうなるの?本当に死ぬの?



死ななかった。
少し蕁麻疹が出ただけだった。

なるほどね、私、そういう体質だったんだ。
お母さん、言っておいてよ。

私は写真の中で笑っている母に文句を言った。

床の上で大の字になり、口の中に残っているチョコレートの甘みと身体の痒みに悶えながら、右に左にゴロゴロと転がる。

そうしているうちに身体の痒みはおさまった。
あんな会社、さっさと辞めよう。
そう思って、私は辞表を書こうと立ち上がった。

ふと、鏡を見て愕然とする。
容姿が母とそっくりに変貌していた。

「お母さん!
 私、やっぱりお母さんの子どもだったのね!」

経験したことのない、物凄い量の安堵感で涙が溢れ出た。内心、本当に母の子どもなのか、ずっと不安だったのだ。しかし、すぐさま別の不安にとらわれた。

私は一体、何者なのだろう?

まあ、いいか。
私はお母さんの子どもで、チョコレートは好きなだけ食べても死ぬことはないと分かったのだから。

私は、これからも生きていける。

(1052文字)


※シロクマ文芸部に参加しています

#シロクマ文芸部
#チョコレート
#短編小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?