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優しくて冷たい手 #シロクマ文芸部

花火と手の冷たさが忘れられない、高校一年の夏休み。

健ちゃんは私が初めて付き合った男子で、部活はバレー部に入っていて、背はちっこいけどレシーブが上手だったからポジションはリベロだった。
私はマネージャーをしてたんだけど、エースアタッカーよりどんな球も拾っちゃう健ちゃんに惹かれた。

普段は愛想が悪いんだけど私のことを優しく気遣ってくれて、理由を聞いたら「山本さんのことが好きだから」って普通のトーンで言われてびっくりした。じわじわ嬉しくなってきたところに「嫌じゃなかったから一緒に花火大会、見に行かない?」って言われて「いいよ」って言った。その時、花火大会までまだ2ヶ月あったんだけど。

付き合い始めたら健ちゃんがすごい真面目な人だって分かった。待ち合わせに遅刻したことはないし、冗談言うのも苦手みたい。たまに無理して言ってくれるんだけどね。「消しゴムの角がなくなると勉強する気なくなるよね?」とか。「なんでよ!」としか言えないんだけど楽しかったな。

で、やっときた花火大会当日。
健ちゃん、待ち合わせに遅刻してきたの。
おかしいなと思ったけど、絶対来るって信じて待った。そしたら20分くらい遅れて来てくれた。

「もう心配したよ」

「ごめんごめん……仕込みに時間がかかっちゃって」

「何の仕込み?」

「歩きながら話すよ。花火始まっちゃうからさ。行こう」

健ちゃんが左手を差し出したので右手で握った。

「冷たい!なんで」

「暑いからさ。仕込んできたんだ」

健ちゃんの笑顔に笑うしかなかった。本当はどうやって仕込んだか聞きたかったけど。

二人で打ち上げ花火三十連発を見て、「楽しかったね」って別れた。別れ際、健ちゃんに目を見て「ありがとう」って言われて嬉しかった。

だけど、健ちゃんが遅刻したのは冷たい手の仕込みのせいじゃなく、事故に遭ったからだって後で知った。健ちゃん、病院にいたはずなんだけど、真面目だから私との約束守って花火大会に来てくれたんだと思う。健ちゃんが亡くなったことを知らされた私は、しばらく泣き暮らして立ち直れなかった。でも大人になった今は夏が来るたびに健ちゃんの冷たい手を思い出して温かい気持ちになる。今年もお墓参りに行くね、健ちゃん。

(909文字)


※シロクマ文芸部に参加させていただきました

#シロクマ文芸部
#花火と手
#短編
#小説

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