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【短編小説】走っても走らなくても #シロクマ文芸部

走らないと捕まる。
分かっているのに足が動かなくなった。

なぜだ?
ああ、足首を掴まれている。
地面からニョロッと生えた二本の腕が俺の両足首を掴んでいる。

鬼が金棒を引きずりながら近づいてきた。

「あのさ、金棒重いんだからさ、そんなに逃げ回らないでくれない?」

どうやら俺は地獄に落ちたらしい。
目が覚めて立ち上がったら、いきなり鬼に金棒で殴られて吹っ飛ばされた。
ものすごい痛みだったが、なぜかどこも怪我はなかった。俺は恐怖を感じて走って逃げたが、足首を掴まれて捕まったのだった。

「わかりました。観念します」

「おお、そうか。諦めたのは賢いぞ。逃げた方が痛いからな」

鬼は俺の近くまでゆっくり歩いてくると、バッティングフォームよろしく、金棒を大きく振りかぶった。俺は鬼が金棒を振り始めるとすぐに前方に倒れ込んだ。金棒は空を切り、鬼は金棒を取り落とした。

「ギャーッ」

運良く金棒は俺の足首を掴んでいる二本の腕に落下した。
足首が自由になったので、俺は素早く走って逃げた。
もう大丈夫だろうと前を見たところで、別の鬼に金棒でぶん殴られた。カウンターで喰らった分、最初より痛かった。

「逃げた方が痛いって教えてやったのに」

鬼達が声をそろえて言う。
俺はひどい痛みに悶絶していたが、やがて痛みは落ち着いて立ち上がることができた。

「あと39回な」

鬼達が言う。そんなに殴られたんじゃたまらない。思わず問い返す。

「39回って何の回数だよ?」
「お前が生きている間についた悪い嘘の回数だ」

嘘をついた回数など覚えていない。死んでこんな痛い目に遭わされるのなら、生きている間に教えてもらいたかった。

「次はどうする?また走って逃げるか?」
「もう逃げない」
「ほう。意外と賢いかもな、お前。金棒持って追いかけるのは嫌なんだよ、俺も」

鬼の気が緩んだのを見て、俺は走って逃げた。
またカウンターの金棒を喰らう。
鬼が言う。

「フッフッフッ、あと39回な」
「なんでだよ?!数を数えられないのか!あと38回だろ!」
「いま、俺に嘘ついただろ」

これが地獄か。
悪い嘘など、つかなければ良かった。

(858文字)


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