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色とりどりのメシの種【第三話】 #創作大賞2024

「風薫る、いい季節になったね」

買い出しの帰り道、ユイが言った。

「そうだねって、兄ちゃんは言えないよ。ユイ、お前いくつなんだよ」

「知らないの?十二歳。小学六年生です」

「いや、知ってるけど。発言が風流過ぎるんだよ」

「いろいろあったもの。経験が人を作るのよ」

「そうですか」

束の間の、穏やかな時間。
生活が落ち着いたら祖父母の家を出て、ユイと二人、穏やかに暮らしたい。
今の望みはそれだけだ。

スマホの着信音が鳴った。
マツダからだ。

「はい、もしもし」

「もしもし、サトシ君?マツダです。先日はどうも。また仕事をお願いしたいんだけど、どうかな?」

「どんな仕事ですか?」

「お、やる?説明するからウチの便利屋の方の事務所に来てよ。名刺に住所書いてあったよね?」

「はい」

「オッケー。三時でいいかな?」

「はい」

「じゃ待ってるから。よろしく」

マツダとの通話を終えるとユイが心配そうに俺を見た。

「兄ちゃん、またあの人の仕事受けるの?」

「まだ分からない。話は聞いてみようと思う」

「お金、まだ残ってるんでしょう?危ない仕事はやめて」

「うん、分かってるよ。心配しなくても大丈夫。兄ちゃん、ちゃんと考えてるから」

「本当かなぁ」

「本当だよ。とりあえず、三時にマツダさんの事務所に行ってくるよ」

「本当にやめてよね、危ない仕事は」

ユイが母親みたいなことを言うようになった。
母親のことはよく覚えてないけど。



マツダの事務所はアパートの一室だった。
いかにも個人経営といった感じだ。
インターフォンを押すと、マツダは機嫌良く迎えてくれた。

「いらっしゃい。よく来たね。
 いかにも個人経営って感じだろ?」

「え?」

「ここの事務所がさ」
マツダが自虐的に笑う。

「研究所は別のところにあるんだ。機会があれば案内するよ」

「父はそこにいるんですか?」

「いないよ。私も探しているんだ。何か分かったら君に教えるよ」

「ありがとうございます。それで仕事というのは」

「ああ、ま、ちょっとその辺に座ってくれ。立ち話じゃ無理だ」

事務所には、マツダ用と思われる机と椅子、来客対応用の小さなテーブルとソファが二つあった。
ソファに座って待っていると、マツダが「自信作」と言って冷たい麦茶を出してくれた。ひと口飲んで「わざわざ言うほどか」と思ったけど黙っていた。マツダは自分にはコーヒーを持って来て、向かいのソファに座った。

「今回の仕事はね、高級マンションのオーナーからの依頼なんだけどね、ある部屋の周りの気温がなぜか急上昇しちゃって、両隣の部屋の人が住んでいられないレベルなんだって。周りの温度を上げちゃってる部屋の人は普通に住んでるそうなんだけど。
オーナーさんとしてはさ、そんな人には退去して欲しいわけなんだけど、電話に出てくれないし、部屋には近づけないしで困ってるんだって。なんとかできそう?」

「できるわけないでしょう。俺はサウナも嫌いなタイプです」

「ああ、だからね、今回はこのオレンジの種をあげるよ。これ食べたら熱いの全然平気になるから」
マツダがオレンジの種が入った小瓶をテーブルに置いた。

「その部屋の人に出て行ってもらえばいいんですね?」

「そう!やる気になってくれた?」

「いや、確認しただけです。報酬次第ですかね」

「報酬は前回より高い五十万だよ。高級マンションのオーナーの依頼だからね。ちょっと危険かもしれないけど、どうする?」

ユイの顔が浮かんだ。
前回の依頼だって危険だったけど、不思議な種の力で解決できた。今回もたぶん、大丈夫だ。今は稼げるだけ稼いでユイとの生活を安定させなければ。

「マツダさん、俺、やります」

「マジで?助かるよ。いや君なら大丈夫。やる気さえ出してくれればね、種の力で解決できるから。自信持ってね。じゃ、これ、種と高級マンションの住所。絶対、死んじゃ駄目だよ!よろしくね」

オレンジの種と高級マンションの住所が書かれた紙を受け取って、マツダの事務所を後にする。ユイと何か美味いもの食べてから仕事に行こう。



その部屋は確かに高熱を発していた。
両隣りだけではなく、その階に住む住人はみんな引っ越してしまったようで、表札が出ているのはこの部屋だけになっていた。オーナーはたまったものではないだろう。
「報酬はもう少し上げてもらえるかもしれない」と思いながらインターフォンを押す。
しつこく押し続けて五回目でやっと出てくれた。

「何?何の用?」
野球のユニフォームを着た汗だくの男が出てきた。

「こんにちは。『何でもヘルプ屋マツダ』のハヤシ サトシと言います。お宅から高熱が出ていて、他の方が住めなくなっているそうで。このマンションのオーナーから依頼があってこちらに伺いました」

「ふーん、若いのに礼儀正しくていいね!君は熱いの平気なの?」

「ええ、まあ。サウナとか好きなんで」
事前にオレンジの種を食べておいた。そうじゃないとインターフォンも押せないレベルの熱さだった。

「へー。俺と同じタイプなのかな。上がっていく?」

「あ、はい。少し話をさせてください」

部屋に入って変わったところがないか観察してみたけど、特に発熱装置みたいなものはなかった。物が極端に少ない。後は部屋で素振りができるように練習ルームみたいなものがあった。変わっているところはそのくらいだ。なんでこの部屋は熱いのか。

「いつからか忘れたんだけどさ、身体から高熱が出るようになっちゃったんだよね」

勝手に話し出してくれて助かる。この男自体が原因だったか。

「風邪とかウイルスが原因じゃないんですか?」
合いの手を入れてみた。

「うん、具合が悪くなるわけじゃないからさ。熱だけ出てね、むしろ気持ちいいくらいなんだよね」

「きっかけは何だったんですか?」

「うん、よくわからないんだけど、俺、元々プロ野球選手だったんだよ。俺のことテレビとかで見たことない?」

「ごめんなさい。あんまりテレビ観ないので」

「近頃の若者は野球に興味ないか。あんなに面白いスポーツはないのに。ま、いいや。
でさ、二軍に落とされてさ。無茶苦茶ショックで。部屋を改造してさ、いつでも練習できるようにして、それこそ暇さえあれば練習したんだよ。でも、一軍には上がれなくて。
祈願成就で有名な神社に行ってさ、祈祷料を奮発して祈ってもらって、帰って来て部屋でめちゃくちゃ練習したんだ。そしたらやり過ぎちゃったみたいで気を失ったんだよね。死んでもおかしくなかったと思うんだけど、目が覚めたら熱を発する身体になっちゃったんだ」

「死ななくて良かったですね。プロ野球は辞めちゃったんですか?」

「分からない。たぶん、クビになっちゃったんじゃないかな。スマホは止められちゃったから連絡の取りようがないんだ」

「失礼ですけど、いまお仕事は?」

「してない。収入ゼロだ。でもね、全然困ってないんだ。腹は減らないし。俺はね、野球の練習が好きだったんだって気付いたんだ。練習すると身体の熱がどんどん上がってめちゃくちゃ気持ちがいいんだよ。俺の人生、これでいいって感じかな。アハハ」

いや、周りがめちゃくちゃ迷惑していますから。出て行ってもらえませんか。と、言いたいところだけど駄目だろうな。

「練習すると熱が上がっていく感じですかね?なんとか他の方が住めるレベルまで熱を下げていただきたいのですが。練習を休んで熱を下げるとかできないですか?」

「練習を休んだことがないから分からないけど、練習を休む気はない。練習を休めって言うのは、俺に死ねって言ってるのと同じだよ」

まあ、そうなんだろう。

「別なところに引っ越すのはできないでしょうか?」

「金がないし、あってもこの部屋よりベストな環境はないと思う。そろそろ練習してもいいかな?」

「はい、どうぞ。ちょっと練習を見学させてもらってもいいですか?」

「いいよ。好きにしなよ」

男が練習を始めると熱がさらに上がり始めた。オレンジの種を食べた俺は全然平気だが、このままだと上下階にも影響が出るんじゃないか。

男はひたすら素振りをしている。
振るたびにブンッといい音がする。幸せそうな顔をしている。どうしたらいいんだ。

時計を見ると夕方の五時だった。あまり帰りが遅いとユイが心配する。仕方がない。

「あの、荒川選手。スマホで検索しました。やっぱり消息不明になってますね。でも、新人王も取って長く打率三割をキープした名選手って書いてありました。そんな名選手が、こんな周りの人に迷惑をかける人だって分かったら、ファンの人は悲しむんじゃないですか?」

荒川は真剣な表情で叫んだ。

「分かってるよ!俺だって人に迷惑はかけたくない!でも、他に生きる方法がないんだ。俺はここで練習するしか……」

「俺と、俺と一緒に生きましょう。たまに野球するようにしますから。もう練習は充分したと思います。荒川選手、お疲れ様でした」

俺は右手で荒川に触れて荒川を取り込んだ。荒川は熱そのものになっていたようで俺と同化した。思った通り、うまくいった。後は俺の熱を下げるだけだ。

俺は目をつぶって「熱よ、下がれ」と念じた。
俺の身体の熱が下がり、マンション内の熱も下がった。

マンションを出てマツダに電話する。

「サトシです。仕事終わりました」

「マジで!いや、すごい。サトシ君はプロだね。種食ってトラブル解決するプロ」

もうちょっとうまく言えないものだろうか。ちっとも嬉しくなかった。

「報酬の振り込み、お願いしますね」

「了解!また難しい案件来たらお願いね。お疲れ様」

「お疲れ様です」

今回もなんとか無事仕事を終えることができた。
次も大丈夫かは分からない。早めに安定した仕事を見つけなければ。

帰り道に貸しグラウンドで草野球をやっていた。
なぜか見学したくなり、ネット裏で眺めていると、一人足りないから入ってくれと頼まれた。野球なんてまともにやったことがないくせに引き受けてしまった。
ポジションはライトで打順は九番だったが、身体が自分のものではないように動いた。走攻守そろった活躍で俺の入ったチームが圧勝。チームに入るよう誘われたが断った。「楽しかったです。ありがとう」と言うと、なぜか涙がボロボロ出て恥ずかしかった。

結局、帰宅したのは午後九時を過ぎていた。
ユキが鬼の形相で待っていた。

「危険な仕事をして来たんでしょう!」

「いや、野球をして来ただけだよ。ほら、兄ちゃん、身体が泥まみれだろ?」

「知らない!馬鹿じゃないの?お風呂入ってきて」

ユキはプンプン怒って台所に戻って行った。
腹を空かせて待っていてくれたのだろうか。
俺は、実はいま幸せなのかもしれない。脱衣所で服を脱ぎながらそう思った。


【第四話】黄色の種

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