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色とりどりのメシの種【第四話】#創作大賞2024

白い靴を履いて、サトシがヨチヨチ歩きをできるようになった日。嬉しくて私はあなたに電話した。
あなたはいつも忙しくて、私からかける電話には出てくれないけど。

……やっぱり出てくれない。

諦めて電話を切った。
ヨチヨチ歩きをするサトシの笑顔。
早くお父さんにも見てもらいたいよね。

数時間後、思いがけずあなたは帰ってきてくれた。
でも、帰ってきてくれない方がよかったのかもしれない。そしてあなたが考え直してくれていれば、もしかしたら、まだ私達は……。



「ごめん、兄ちゃん、私、寝坊しちゃった!」
ユイが切羽詰まった声で起こしにきた。

「ん、兄ちゃんは特に今日予定ないから大丈夫だよ」

「私は学校あるの!遅刻しちゃうじゃない」

時計を見ると午前八時を少し過ぎていた。

「ああ、まあ、遅刻して行けばいいだろ」

「ヤダ、遅刻して行きたくない」

「子供か。いくつになったんだ?」

「子供だもん、12歳は。あと、お腹も痛いし」

お腹痛いと言えば何でも許されると思っているな、最近。

「分かったよ。休んでいいよ」

「やった!じゃ学校に連絡しておいてね」

渋々、ユイの小学校に欠席の連絡を入れて、もうひと眠りしようとすると、マツダから電話がかかってきた。

「おはよう。朝早く悪いね」

「おはようございます。後でかけ直しても良いですか?」

「あ、いや、ごめん、ちょっと急いでるんだよね、今回。懇意にしている社長の会社に電気泥棒がいるらしいんだ。サトシ君、ちょっと行って捕まえてきてくれないかな」

「無理ですよ。警察に連絡したらいいじゃないですか?」

「警察には無理だろうな。普通の盗み方じゃないから」

「普通の盗み方じゃないってどういうことですか?」

「サトシ君、スマホ持ってるよね?」

「はい」

「ファミレスとかで充電したことあるだろ?」

「あんまりファミレス行かないですけど、まあ、はい」

「ファミレス側が許可してなかったら電気を盗んでることになるわけだけど、これって他人様の電気を勝手に使っていることを指してるでしょ?でも、今回の電気泥棒は『使う』のではなく、どこかに『運んでる』っぽいんだよね」

「電気を盗み出しているってことですか?」

「うん。社長の会社ではBCP対策として蓄電池を導入しているんだけど、すぐに空っぽになるらしいんだ。何かに使ってる形跡もなく」

「はあ」

「だからね、電気泥棒から電気を取り返して蓄電池に戻して欲しいんだ」

「え!そんなこと、俺にできるわけないですよね?」

「まだそんなことを言うのかい、君は。君には種があるだろ?今回はこの黄色い種をあげるからさ。いつもみたいにパパッと解決してきてくれよ」

たぶん、マツダは電話の向こうで黄色い種が入った小瓶をゆらゆらさせているのだろう。確かにこれまでは種の力で何とか依頼をこなせている。自分でもなぜそんなことができるのか分かっていないが、もうひとつ分からないことがあった。

「マツダさん、聞いてもいいですか?なんで黄色い種なら解決できるって分かるんですか?」

「うーん、僕だから、かな。ピーンと来ちゃうんだよね」

「はあ」

聞いても無駄だった。

「報酬は前回の倍くらい出せると思う。お願いできないかな」

前回の倍って百万か。それだけあれば引っ越せるかな。

「分かりました。やります」

「ありがとう!引き受けてくれると信じていたよ。じゃ事務所に種を取りに来てくれ。電気泥棒の住所も教えるからさ」

「はい」

電話を切ってため息をついた。
視線を感じて顔を上げると、ユイが怖い顔で睨んでいた。

「え?何?」

「マツダさんの仕事、まだやらなきゃいけないの?」

「うん、まあ、他に仕事があるわけじゃないし」

「仕事、探してるの?」

「探してるさ!ただ……」

「ただ、何なの?」

「兄ちゃんは面接が得意じゃないみたいだ」
マツダと話すのは平気なのに、面接で大人と話すと思うと異常に緊張して話せなくなってしまう。

「そうなんだ……ごめんね」

「いや、いいよ。なるべく早く別な仕事探す。ごめんな、心配かけて。今回は急ぎの仕事らしいから、今から行ってくる。ユイはゆっくり休んでろ」

「う、うん」

急いで玄関に向かうと、玄関前の掃き掃除をしていたばあちゃんに声をかけられた。

「サトシ、仕事かい?」

「うん」

「すまないねぇ、あの人があんなこと言い出しちゃって。アタシはお漬け物とご飯だけあれば大丈夫なんだけど」

「いや、いつまでも甘えていられないし。何とかするよ。心配しないで。
じゃ俺、急ぐから行くね。
あ、ユイ、今日学校休んでるから、たまに気にしてあげて」

「うん、気をつけて行っておいで」



最近、身体の調子がいい。
電気を吸収できるようになったからか。
電気って身体にいいのかもしれん。

定年退職後の仕事とは言え、工場の用務員の仕事は退屈かなと思っていたが、用務員室では好きな音楽もかけられるし、案外楽しめている。特に仕事終わりの銭湯は最高だ。ふふふ。想像するだけで笑えてくる。

コンコンコン。

誰だ?

「はい、どうかしましたか?」

出てみると若い男が立っていた。

「こんにちは。私、『何でもヘルプ屋マツダ』のハヤシ サトシと言います。こちらの工場で電気泥棒が出たと聞いて伺いました。何となくですね、こちらの用務員室に大量の電気があるような気がしたのですが、何かご存知ではないでしょうか?」

な、なんだコイツ、なんで分かったんだ。
いや、分かるわけがない。適当なことを言っているに違いない。

「さ、さあ。私はそんな話は聞いたことがないが」

「そうですか。おかしいな。そんな気がしたんですけどね。ところでこの部屋でかかってる曲ってザ・電気マシーンじゃないですか?」

「おお!そうだよ!君は若そうなのによく知ってるね」

「やっぱり!私、この曲、大好きで。いつからか忘れましたけど、毎朝聞いてますよ。元気出ますよね、この曲」

「いやあ、嬉しいことを言ってくれるね。残念ながら5年前に活動休止してしまったんだけど、私もずっと聞いているよ。君とは気が合うかもしれないな」

「そうですね。私もザ・電気マシーンの話ができて嬉しいです。今日はもうお仕事終わりですか?」

「ああ、そうだね。もうおしまいにして銭湯に行こうと思っていたところなんだ。私の毎日の楽しみでね」

「銭湯!いいですね!一緒に行ってもいいですか?私も今日は仕事終わりにして帰ろうと思います」

「おお、いいよ。一緒に行こう」

ふう。少し焦ったけど、この男、確信があって私のところに来たわけじゃないみたいだ。もう仕事のことはどうでも良くなったみたいだし。

若い男とザ・電気マシーンの話をしながら銭湯まで歩く。私にも息子がいるが、一緒に銭湯に行ったことはなかったかもしれないな。

銭湯に着くと私の方が先に身体を洗い終わり、湯に浸かった。ふふふ。先客がいるからいつものやるか。

「あれ、なんだこれ」

ふふふ。

「どうかしましたか?」

「ああ、なんか急にビリビリした気がして」

「ああ、ここね、この時間は電気風呂になるらしいですよ」

「本当に?知らなかった。おおービリビリくるな」

「いいですよね、電気風呂も」

「電気風呂?私も入っていいですか?」
身体を洗い終わった便利屋の男もやってきた。

「もちろん」
変に思われない程度に痺れさせてやるか。

「あれ?ビリビリします?」

弱すぎたか?もう少し強くしてやろう。

「ああ、私はビリビリするけどな」

「イタタタタッ。私はちょっと痛くなってきたから上がります」
先客が湯から出て行くと、便利屋と私だけになった。

「そんなにビリビリするかな。全然感じないけどな」

なんだと!これでどうだ!!

「いやー全然。もっとビリビリしていいな」

も、もっと?よーし、これならどうだ。

「少しビリッとしたかな。いやでもまだまだ全然だな」

チクショー、それじゃ全部出力してやるよ。そりゃー。

「はい、ありがとうございます。全部返してもらいました」

「へ?」

「用務員さん、工場に戻りましょうか」

なんとなく電気を吸収する不思議な力もなくなってしまったような気がした。

工場に着くと蓄電池の場所に案内させられた。

「私はこれからどうなるんだ?」

「普通のオジサンとしてザ・電気マシーンを聴きながら楽しく暮らせばいいと思います」

「普通の……」

「はい、普通が結局一番いいと思います。それじゃ」



蓄電池に電気を戻してマツダに電話した。

「終わりました」

「おおーありがとう!やっぱり凄いな、サトシ君は。助かるよ」

「あのー、良かったら今なら電気風呂作れるんですけど、どうですかね」

「ああ、僕は電気風呂は苦手。ごめんね。報酬は振り込んでおくよ。また頼むね、お疲れ様」

なんだよ、ビリビリ痺れさせてやろうと思ったのに。
これじゃ用務員のオジサンと同じか。
ユイは電気風呂入りたいかな。

まだ身体に少し残っている電気を持ち帰るかどうか悩みながら俺は家路についた。


【第五話】青色の種


#シロクマ文芸部
#白い靴

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