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シロクマ文芸部

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小牧幸助さんのシロクマ文芸部に参加させていただいた作品をまとめています。
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2023年12月の記事一覧

ひたすら餅を焼くだけの人生 #シロクマ文芸部

ひたすら餅を焼くだけの人生 #シロクマ文芸部

最後の日は明日だと言われてもう十日経った。
あと何日ここで餅を焼けばいいのか。

私は大学卒業と同時に米菓子のメーカーに就職、最初は営業職だったが、理想の米菓子を作りたくなって商品開発部に異動した。餅米の焼きの食感にこだわった商品をいくつも開発してヒットを飛ばし、充実したサラリーマン人生だった。

しかし、退職後の選択を誤った。

今から考えると給与条件が良過ぎたように思う。三年契約で、八十歳まで

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振り返りながら生きると決めた日 #シロクマ文芸部

振り返りながら生きると決めた日 #シロクマ文芸部

振り返るとなんかいた。座敷わらしみたいな奴。

「なんだ、お前」

「孫。お前の」

「嘘つけ。座敷わらしだろ?本で見たことあるぞ」

「決めつけるな。お前の孫だ。お年玉くれ」

「来るのが早かったな。まだ年は明けてないんだ」

「俺は五歳だ。去年までの分、くれよ」

「五歳!お前みたいな五歳いないぞ?」

「お年玉くれよ」

おお、全く聞く耳を持たない奴。
ちょっと怖くなってきた。

「怖いか?

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ありがとうが言いたくて #シロクマ文芸部

ありがとうが言いたくて #シロクマ文芸部

「ありがとう」という声が、最近聞こえるようになった。姉と一緒にいる時が多い気がする。

最初は耳鳴りかなと思ったけど、はっきり聞こえる。「ありがとう」って。しかも、どこかで聞いたことがある声。

一週間続いて怖くなったので、姉に相談した。

「なにそれ!とりあえず耳鼻科行こう?」

耳鼻科に行ったけど異常なし。ストレスを疑われたが、私はそんなにストレスを感じるタイプではない。姉があまりに心配するの

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冬の色のダンス #シロクマ文芸部

冬の色のダンス #シロクマ文芸部

「冬の色が出ていない。やり直し」

とある高校のダンス部の練習場。
コーチの男性にダメ出しされて、女子部員は納得のいかない様子だったが、渋々といった感じでもう一度踊った。
どことなく哀愁が漂っていた。

「うーん、冬と言うよりは秋だな」

コーチが苦い顔で言う。

「コーチ!私、分かりません!冬の色も、冬の色を出さなきゃいけない理由も」

女子部員は今にも泣きそうだった。
コーチは一瞬困ったような

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【短編小説】十二月になる前に #シロクマ文芸部

【短編小説】十二月になる前に #シロクマ文芸部

「十二月になったらまた来てください」

医者は患者の女性に告げた。

「いやだ、先生ったら。いま一月ですよ」

患者の女性は冗談だと受け取ったようだ。

「症状も安定していますし、毎月受診していただかなくても大丈夫だと思うんですよね。いまは毎週来られていますが。普段の生活に支障がなければ一年毎の検診で充分かと思います」

患者の女性の表情が変わった。

「何を言ってるんですか!私が毎日どれほど苦し

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