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「トナカイの悩み」



 街はずれの書店でさがしていた短編集をやっと見つけ、お会計をしようとレジに向かうと、トナカイが包装の練習をしていた。二本足で器用に立っているトナカイのツノにはサンタクロースがかぶる白のぼんぼんがついた赤い毛糸の帽子がちょこんとひっかけられている。帽子の真ん中くらいの位置には、merryXmas!、という文字の金色の刺繍がされていた。

 クリスマス用の袋に本を入れ、口を閉じ、後ろ側をクリスマスシールを使って貼り付け、そのあとリボンをかける。人間がやるなら大したことはない作業なのだろうけど、トナカイがやるとなると大変だ。

 でも、トナカイは器用に前足を使って、それでも一生懸命、クリスマスプレゼント用の包装を練習している。シールを貼るのも、リボンをかけるのも一苦労のようだ。あまりにも包装の練習に集中しすぎて、トナカイは僕がレジの前に立っているのに気がつかなかったみたいだ。

「あのー、すいません」

僕はトナカイに話しかけた。

「あ、気がつかなくてすいません」

トナカイが申し訳なさそうに頭を下げる。

 ゴチン、、、

 鈍い音が聞こえた。頭を下げたトナカイのツノがレジ台に当たってしまったのだ。

いたたた、、、

「あの、、大丈夫ですか?」

「あ、心配しないでください。いつものことですから」

 二本足で立って、しかも、人間の言葉を話すトナカイに出会えるなんてそうそうあることではない。他にお客さんもいないようだし、僕は少し、トナカイと話をすることにした。

「トナカイさんが本屋さんで働いているなんて珍しいですね」

トナカイは少し寂しそうな顔をした。

「今年はお呼びがかからなかったんです」

「誰にですか?」

「もちろん、サンタクロースからです」

 トナカイの話によれば、年々、サンタクロースにクリスマスプレゼントを願う子供の数は減少しており、サンタクロースの数もそれに比例して減る一方らしい。

「サンタクロースが減れば、もちろん、トナカイの需要もなくなります。当然ながら」

 トナカイは俯きかげんに深いため息をつきながらこう言った。

「寂しい世の中になりましたね」

 僕も思わずため息をつく。

「まったくです。おかげで、今年のクリスマスは仕事をもらえず、仕方ないので、ここでアルバイトをしているんです」

「それにしても、器用に包装するものですね」

「最初は大変でした。でも、なにごとも一生懸命努力すれば、できるようになるものです。それに、ほら」

トナカイは左前足を僕の前に差し出す。

「馬と違って、トナカイのヒズメは二つに割れているんです。私たちトナカイは、この二つに割れているヒズメのおかげで雪を掴みながらスムーズに走ることができるのです」

「へーー、そうなんですね」

 トナカイのヒズメを間近で見るのはもちろん初めてだ。確かにヒズメは真ん中で二つに分かれてそれぞれのヒズメが外側に向いている。

「この二つに分かれたヒズメのおかげで、紙を挟んで折ったり、リボンを挟んでかけたりできるようになったんです。馬じゃなくてよかったって、思いますよ。ははは」

トナカイは初めて僕に笑顔を向けた。
弱々しいけど、優しい笑顔だった。



「クリスマスに仕事がもられないとなると、私はトナカイとしてのレゾンデートルを失ってしまうことになります。来年は仕事があると良いのですが」

トナカイはまた不安そうな表情に戻ってしまった。

「来年は仕事もらえると良いですね。
僕も一緒に祈ってますよ」

「ありがとうございます」

トナカイはまた、僕に頭を下げた。

あ、、、

ゴチン、
いたたた、、、

 僕はトナカイにお会計をしてもらってその書店を後にした。外はすっかり暗くなっていた。近頃、より一層、日が短くなった。
真っ暗な空から細かい雪がひらひらと舞い落ちてくる。

 雪が縦横無尽に空中を舞う中、さっき会ったトナカイがサンタクロースを乗せたソリを引いて、嬉しそうに夜空を駆け巡る姿を想像した。

「クリスマスに仕事をもらえないとなると、私はトナカイとしてのレゾンデートルを失ってしまうんです」

 トナカイの言葉がいつまでも僕の頭の中に残っていた。

 後日、トナカイの様子を見にいこうと、何度もその書店に行こうとしたが、どうしてもその書店を見つけることはできなかった。

 街はずれをさまよい歩きながら、僕は自分のレゾンデートルについて考えた。考えても考えても、答えは出てくることはなく、考えれば考えるほど、道に迷ってしまうような気がした。

 トナカイは仕事をもらえなかった絶望感に苛まれながらも、未来への希望を失ってはいなかった。

 そして、僕もきっと。

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