夏目漱石「それから」 黒眼

三千代は美くしい線を奇麗に重ねた鮮かな二重瞼を持っている。眼の恰好は細長い方であるが、瞳を据えて凝(じっ)と物を見るときにそれが何かの具合で大変大きく見える。代助はこれを黒眼の働きと判断していた。美千代が細君にならない前、代助はよく三千代のこう云う眼遣いを見た。そうして今でも善く覚えている。美千代の顔を頭の中に浮べようとすると、顔の輪郭がまだ出来上がらないうちに、この黒い、湿(うる)んだ様に暈(ぼか)された眼が、ぼっと出て来る。


夏目漱石 「それから」

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