アントニオ・タブッキ「レクイエム」 空

わたしは空を見上げた。考えてみれば不思議なものだ、若いころはこの碧さが自分のもの、自分の一部のように思いつづけていた。それがいまは、あまりにも碧すぎて、遠い相手になってしまった。まるで幻覚を見ているようだ。わたしは思った、嘘みたいだ、こんなことはありえっこない。自分がまたこのベッドに寝ているなんて。あの頃、夜ごと見つめた天井がいまなはく、代わりに、かつては自分のものだった空をこんな風にながめているなんて。わたしはからだを起こし、老婦人をさがしに行った。


アントニオ・タブッキ 「レクイエム」

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