村上春樹「知ってるよ、悪い男じゃなかった」

「知ってるよ。悪い男じゃなかった」

「でもひどいことを言いたかったのよ、私」

「知ってる」と僕は言った。「言わずにはいられなかったんだ。君が悪いんじゃない」
彼女はずっと前を向いていた。一度も僕の方を見なかった。開けはなたれた窓からはいってくる初夏の風が彼女のまっすぐな前髪を草の葉のように揺らしていた。

「気の毒だけれど、彼はそういうタイプの人間だったんだ」と僕は言った。「悪い男じゃない。ある意味では尊敬にさえ値する。でもときどき品のよいごみ箱みたいに扱われる。いろんな人間がいろんなものをそこに投げ込んでいく。投げ込みやすいタイプなんだ。どうしてかはわからない。たぶん生まれながらにそういう傾向が備わっているんだろう。君のおかあさんが黙っていてもみんなに一目おかれるのと同じようにね」凡庸さというのは白い上着についた宿命的な<しみ>と同じなのだ。一度ついたものは永遠に落ちない。

「不公平なのね」

「原理的に人生というのは不公平なんだ」と僕は言った。

村上春樹 「ダンスダンスダンス」

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