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【歌詞考察シリーズ】 『Under Pressure』でフレディとボウイが未来に託したメッセージ


【はじめに 今だからこそ聴くべき楽曲たち】

ジョージ・フロイドさんが白人警官たちによって殺される痛ましい事件が起きてから、全米中でデモが拡大し続けている。
その中でいま、ストリーミングサービスで「プロテストソング」の再生数が伸びているというニュースを目にした。

確かに僕もあのショッキングな映像を目にして真っ先に浮かんだのが、映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』でアイス・キューブが『F**k The Police』のインスピレーションを受けたシーンだった。

それからケンドリック・ラマーの『Alright』も、Black Lives Matter運動を象徴する曲。個人的には『Alright』もだが、『i』のアルバムバージョンで、聴衆が喧嘩を始めてケンドリックが曲を止めるシーンが、デモの暴徒化とブラック・コミュニティの分断を予言していたように感じた。

そしてもう1つ僕が想起したのが、2016年の大統領選でトランプが勝利した翌日にレディー・ガガが掲げたプラカードだ。

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Love trumps hate. (愛は憎しみに打ち勝つ)

対立を煽り、分断を広げようとするドナルド・トランプに対しての宣戦布告だった。しかしそれは憎しみに憎しみで対抗するのではなく、結局憎しみを乗り越えるには「愛」しかないというメッセージだった。

ケンドリックの『i』も、「俺は自分を愛している」と力強く自らを鼓舞する。他人を受け入れるにはまず自分自身を愛するところからーいう歌だ。

しかし、実際にはLoveよりもHateの方が拡散するスピードが速い上に、強い団結を生んでしまう。SNSでの誹謗中傷によって、プロレスラーの木村花さんが亡くなるという、あってはならない事件が起きたのも記憶に新しい。

それでも...人類は愛を信じなければならない。いや、信じるしかない。そう感じさせるのが今回のテーマの『Under Pressure』という曲だ。

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レディ・ガガというアーティストに多大な影響を与えた、デビッド・ボウイとフレディ・マーキュリーの共作。この曲の歌詞、そして何よりもPVが問いかけるものをしっかり考えていきたい。2人の故人が残したメッセージは、現代を生きる全ての人たちに刺さるはずだからである。

【クイーンとボウイはこのPVで何を伝えたかったのか】


このミュージッククリップにはクイーンもボウイも一切登場しませんが、
たった4分程度で世界への絶望と希望を見事に表現しており、映像史に残る傑作だと思っています。曲の歌詞と画が見事にリンクし、近代の人類史そのものがストーリーになっています。

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ファーストカットは東京の駅のホーム。ラッシュアワーなのか電車のドアが開くと雪崩のように大勢の人が降り、待っていた人達が今度は一斉に電車に乗り込みます。人の塊がせわしなく歩く様子が記録映画のようにチャカチャカ早回しされ、サブリミナルのように挟み込まれるのが、昔の白黒怪奇映画の怪物たち。目を見開いて顔を歪めています。

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明らかに満員電車は「狂気」を象徴しています。生き物のはずの人間が「貨物」として運ばれる異常さ。群衆の中で歩く人々は均質化され、没個性的。
そうやって社会の中に押し込まれている人達の、やり場のない苦しみを代弁するかのように、白黒映画の登場人物がこちらを見つめます。

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Pressure pushing down on me
Pressing down on you, no man ask for
Under pressure that burns a building down
Splits a family in two
Puts people on streets
It's the terror of knowing
What this world is about
Watching some good friends
Screaming, "Let me out!"
Pray tomorrow gets me higher 
Pressure on people people on streets
誰も望まない圧力が僕や君をおしつける
圧力の下でビルは焼け落ち
家族は引き裂かれ
路に取り残される人々
恐いのはこの世界の真実を知った時
善良な友たちが「出してくれ」と叫ぶ
僕は明日に祈る この苦しみから押し上げて欲しいと
市井の人々が圧力に押さえつけられる中で

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爆弾が爆発し、その破片が飛び散るカット。
ビルの爆破、打ち上げが失敗し壊れるロケット。
さらには橋が落とされる映像が続きます。我慢の限界を超えた瞬間、
心が折れた瞬間の象徴でしょうか。

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そして白黒映画の2人組がパントマイムをします。
文字通り限界ギリギリのところでなんとか踏みとどまっています。


Chippin’ around, kick my brains 'round the floor
These are the days - it never rains but it pours
People on streets people on streets
It's the terror of knowing
What this world is about
Watching some good friends
Screaming, "Let me out!"
Tomorrow gets me higher, higher, higher...
Pressure on people people on streets
地面にバラバラになった脳みその破片が蹴り飛ばされる
最近は日照りか洪水しかおこらない
僕ら路上の人々にとって
恐いのはこの世界の真実を知った時
善良な友たちが「ここから抜け出したい」と叫ぶ
明日こそ僕を救い上げてくれ  高く高く
路上の人々が圧力に押さえつけられる

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今度は大恐慌時代のニューヨークの街。失業者が溢れ、炊き出しに集まる様子が映されます。彼らを見つめる自由の女神、そして1ドル硬貨のモニュメントにヒビが入っているカットが挿入されます。
分断を意味しているかのように。

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そして記録映像はカラーになり、警官とデモ隊の衝突に変わります。
先ほどの1ドル硬貨が暗示していたものが現実になります。公民権運動なのか、ベトナム戦争反対の運動なのか、いずれにしてもイデオロギーの対立を意味しているかと思われます。

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Turned away from it all like a blind man
Sat on a fence but it don't work
Keep coming up with love but it's so slashed and torn
Why, why, why?
Love
みんなそれが見えないふりをして
どっちつかずの立場だけど現実は残酷だ
愛にすがろうとする度にそれは切り刻まれ引き裂かれるのだから
どうしてだろう 愛よ



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再び白黒映画の映像になります。ガイコツが水の上に浮かび、ゆっくりと近づいてくる不気味な男。見つからないように寝床で必死に息を潜める少年
しかし影は近づいていきます…そしてカラスの影が画面を覆います
これは何を意味しているのでしょうか?

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Insanity laughs under pressure we're cracking
Can't we give ourselves one more chance?
Why can't we give love that one more chance?
Why can't we give love, give love, give love,
give love, give love, give love, give love, give love?..
圧力の下僕らは笑い狂って崩壊する
もう一度賭けることはできないのだろうか
愛をいま一度信じることはできないのだろうか
僕らはなぜ愛を与えることができないのだろうか?
愛を 愛を 愛を 



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ヒッピーたちが頭を振りながら音楽フェスに熱狂する映像(ウッドストック?)、
セックス・ドラッグ・ロックンロールが
世界平和に繋がると信じられていた時代です。

'Cause love's such an old-fashioned word
And love dares you to care for
The people on the edge of the night
And love dares you to change our way of
Caring about ourselves
This is our last dance
This is our last dance
This is ourselves
Under pressure
Under pressure
Pressure
なぜなら愛は時代遅れの言葉だから
だけど愛は絶望の淵の人々をいたわれという
それでも愛は身勝手な自分を変えろという
だからこれが僕らの最後のダンスだ
僕らの最後のダンス
これが僕たちなんだ
圧力の下の
圧力の下の
圧力の


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「ニュー・シネマ・パラダイス」のように白黒映画のキスシーン集が続きます。アウトロでは再び最初のように群衆、雑踏の人ごみ、車の渋滞の映像に
白黒映画の人物の表情が数フレーム挿入されます。最後にスクラップされた車がクレーンで廃棄され、歌い出しの時に爆発した爆弾が逆再生して元に戻ることでPVは終わります。

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【自我と実存的不安と愛と人間の可能性の物語】

 このPVはそれぞれバラバラの記録フィルム・劇映画を繋ぎ合わせたものなので、感じ方は人それぞれであると思いますが、僕は自問自答の物語なのではないかと考えました。

実生活でやることなすこと上手くいかない状況、あるいは何をやっても満足感を得られない状況に陥った時、


「あぁなんて世界は不条理なんだ」
「俺/私は努力しているのに、それが報われないのは社会そのものに問題があるのではないか」

と考えた経験は、誰にでもあると思います。

とはいえ悩んだところで、戦争や差別、格差の拡大や環境破壊などの人類レベルの課題が解決できるわけではないし、まして自分の気持ちが晴れるわけではない。それでもどういうわけか、ミクロな自分の問題とマクロな人類の問題を同一視してしまう。

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そうすることで、例えば「世の中には自分よりもっと恵まれてない人もいるんだし」と割り切ったり、「俺が上手くいかないのは社会のせいだ」と正当化できるからかもしれません。

Under Pressureの歌詞は一見すると、社会の圧力に苦しむ人達目線の曲に見えますが、実際は「市井の人達」より高いところに立った(気がしている)自意識が垣間見えるのです。
言い換えれば、これは「people on streets」でありながらも、どこかで「俺は彼らパンピーとは違う」と思いたい自我の苦しみや叫びなのです。

 それが分かるのは、ガイコツがプカプカと水に浮かぶシーケンス。布団を被って必死に隠れる少年に近づくドラキュラやカラスの「影」です。これは「死」のメタファーでしょう。

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どんな人間も「死」から逃れることは出来ません。語り手は「結局死ぬのに、生きてる意味ある?」と実存的不安にかられているのです。

そして、その答えこそが「愛」にあるということを語り手は薄々気づいています。ただ、この「愛」は「神」に置き換えてもいいかもしれません。「神」を熱心に信じていても、災害は起こり経済は崩壊し、戦争は続く。熱心に信仰していようと、歌詞の男のようにどっちつかずでも同じように。

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では、愛なんて結局幻想なのでしょうか、無意味なのでしょうか。
この物語では、そうも断言してはいません。確かに愛というのは時代遅れの言葉ではあるが、同時に不思議な力があると言っています。
それは社会の弱者を気にかけるようにけしかけ、利己的な考えを改めさせるのだと。先ほどとは真逆ですね。

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「自分さえ特別でいればそれでいい」という考えを捨て、愛を持つことこそが、納得いかない日常を変えるきっかけになるかもしれない。
そうやって一人一人が愛を持てば、世の中はもしかしたら少し良くなるかもしれない。つまりは愛こそが生きる意味なのかもしれない。
自問自答の最後に破裂した爆弾が逆再生で元に「修復」されます。
語り手の心が再生したことを象徴する希望的なエンディングです。
フレディやボウイの見出した希望は、今を生きる私達に託されています。

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