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藤井風は『Workin' Hard』(2023)のMVで何を伝えたかったのか


【はじめに 公式テーマソングがアーティストに強いるもの】

昨年のバスケットボールW杯テーマ曲、藤井風の『Workin' Hard』だが、実感として(彼のこれまでと比較すれば)大衆的人気を獲得出来なかったように思う。「暗くてノリづらい」というのが、一番大きいだろう。


毎度のことだが、スポーツアンセムには躍動感や高揚感、または壮大・荘厳さが求められる。近年で言えばSuchmosの『VOLT-AGE』も、テンポの遅さや曲の単調さを批判された。


音楽を普段そこまで聴かない人も納得させるという点で、未だにSuperflyの『タマシイレボリューション』が最も正解に近いという声は多い。

前回取り上げた椎名林檎の『NIPPON』や安室奈美恵の『HERO』は、明らかに『タマシイ~』的戦略で作られた「プロのお仕事」と言えるだろう。

【Workin' Hardの異質さ】

では『Workin' Hard』はというと、色々な意味で『NIPPON』の対極に位置する楽曲だ。洋楽最先端のミニマルなビート。「展開」を否定する淡々としたラップ。過去作と比較してもウエイトの大きい英語詞...ルックだけでも、これが本当に日本代表の公式テーマソングなのかと思ってしまう。
だがそれ以上に、そのMVに着目したい。台湾で撮影されたという映像では、スーパーや茶畑、ゴミ収集など様々な現場で彼が働いている。

制作を進めていくうちに、選手たちだけではなく、この世界で一生懸命に生きる全ての人たちへの愛とリスペクトがどんどん溢れてきました。
この曲で、勝ち負けや目に見える結果を超えた何かを感じてもらえる手助けが出来たら、本当に嬉しいです。

発表時にこうコメントしており、単純にそう受け取ることも出来るだろう。
だが私はあえて深読みしたい。これはかなり攻めたMVで、『ミツバチのささやき』的な寓意に満ちた作品ではないかと。
ノンポリ(と思われる)椎名林檎の『NIPPON』が深読みされ、右翼的愛国精神を助長する楽曲だと誤解されたのとは逆。一見すると普遍的な愛とリスペクトについて歌っているこの曲に、実は強い社会的メッセージを託したのではないか。

【MVの裏テーマ 技能実習生を可視化する】

結論から言うと、私はこのMVの藤井風は日本で働く技能実習生の象徴だと推測する。従事している仕事がどれもいわゆるブルーカラーで、彼だけが日本人だからだ。


よしながふみの『大奥』や映画『バービー』は男女が逆転する世界を描くことで、社会構造的な男女差別の問題を浮き上がらせた。

同様に、このMVは意図的に日本人と外国人をスイッチしている。ただ、それによって制度を糾弾するとかいった方向に行くのではなく、可視化されない彼らへの感謝と鼓舞を伝えようとしたーそう私は解釈した。特にそれを強く感じさせるのがこのワンセンテンス。

Wish I could give you a hand

「できることなら手を貸したい」と訳されている。裏返すなら、「それは出来ない」「それがもどかしい」ということでもある。根底にあるのは、容赦ない現実、無力感、答えのない絶望だ。その中で「頑張れ」ではなく「あなたはもう十分に頑張っている」がおまじないのように繰り返される。さらにそれが「神の視点」にならないよう、

みんなほんまよーやるわ めっちゃがんばっとるわ
わしかて負けんよーにな ひそかに何かと努めるわ

と、同じ目線をキープするバランス感覚も絶妙。最初は暗い曲のように思うが、聴き込むうちに暗闇の中に差し込む「一筋の光」を感じることが出来るような、新境地とも言える楽曲ではないだろうか。

ロケ地が外国というのも多分に示唆的である。いま日本は技能実習生をはじめとする外国人労働者のマンパワーを借り、かろうじて成立しているが、もはやそれもいつまで続くか…というところまで来ている。

コロナ以降、日本から欧米に「出稼ぎ」をする若者は急増しているし、
数年後にはMVのようにそれが(かつては見下していた)アジア諸国になっているかもしれない。

また、当然ながらMVには2023年にアジアツアーを行ったことも大きく影響しているだろう。7都市11公演の中を通して、彼の中に何が芽生えたのかは想像するしかないのだが、アジア人というアイデンティティを獲得したというと、大げさだろうか。

【日本とアジアとアメリカ】

日本列島はタツノオトシゴのような形をして見える。つまり顔は太平洋側(アメリカ)を向き、アジア大陸側には背を向けている。それは私たちはアジア人であることを捨て、アメリカ的価値観に寄りかかっていることを象徴しているようである。この問題については、いまに始まったことではなく三島由紀夫も散々指摘してきたことだが。

そして三島の予言が当たったというか、アメリカ的あり方が行き詰まった今日の日本。今こそアジアではないかというのが漠然とした私のテーマだ。

私のこの稚拙な考えと藤井風を強引に結びつけるなら、『Workin' Hard』の前作シングル『grace』のMVはインドで撮影された。そこからアジアツアーを挟んでの『Workin' Hard』という流れ。これをアジアへの接近と言わずして何と言おう。
※歌詞の多くが英語なのは、その方がグローバルにリスナーに届くからであり、サウンドも完全にR&Bが下敷きだが、上ネタのメロはアジア的情緒を感じるものになっている…というやや苦しい言い訳。

【サイババ問題について少しだけ】

ちなみに当時、風がサイババの信奉者ではないかという記事が出たことで、少なからず幻滅したという声が上がったが、それについても手短に。

まず彼はメディアで、「神」の存在について度々言及しているし、いくつかの楽曲は老荘思想の考えが基になっていると答えている。だがその上で、自分の信仰する宗教や宗派については現在でもあえて公言していない。

彼がサイババ教の敬虔な信者なのか、様々なアジアの信仰を取り入れているうちの一つなのかは分からないし、どうでもいいことだ。

例えばプリンスの『レインボウ・チルドレン』はエホバの証人の宗教観が色濃く反映された作品だが、そんなことを抜きに良いアルバムだと思う。

もちろんタイムリーにカルト宗教やその二世の問題があったため、ネガティブな印象を持つ人がいることは理解できる。サイババの「奇跡」はハッキリ言って手品だし、少年に対して性的虐待をおこなったと訴訟も起こされた。(のちに訴えは取り下げられたが)
しかし大事なのは、藤井風はあまねく信仰(人間の大切な拠り所)を肯定しているということ。宗教を扱うのはJ-POPではタブーだったかもしれないが、殺伐・荒涼とした現代ほど、それが求められている時代もないだろう。

科学や合理、成果主義的なものにばかり寄りかかることこそ危険だ、と私は思う。かなり字数を使ってしまったので本題に戻ろう。

【コートではなく観客席にカメラを向けた『Workin' Hard』】

『NIPPON』で椎名林檎は発注に準じて楽曲を作った。だが同時に発露した彼女特有の露悪表現だったり、垣間見える選民的思想がバッシングの対象となってしまった。

対照的に、風はかなり個人的な想いを優先し、アーティストファーストな制作を行った。そもそもドレイクやケンドリック・ラマ―にも関わっているDJダヒがプロデューサーなので、日本のテレビ局が内容に口出し出来なかったというのが大きいだろう。もっとも、そこまで話を持っていたこと自体、彼のクリエイティブサイドが賢明だったことの表れでもある。

また、椎名林檎が「選ばれたエリートを賛美すること」に終始したのに対して、風は市井の人々との連帯や繋がりを歌にした。コートの選手ではなく、観客席の方にカメラが向いているのだ。だから、この曲の一見単調な構成は、地味に見える日常の営みにこそ意義があるということを示すための意図的なもので間違いないと思う。

【過小評価されていると感じるVOLT-AGE】

この曲に限らず、広告代理店的要望を唾棄するテーマソングはこれまでにもあった。北京オリンピックのテーマだったミスチルの『GIFT』は、「一番きれいな色ってなんだろう」から始まる。誰もが、表彰台のメダル(金、銀、銅)を連想するが、最終的にそれを否定する。このあたりは勝ち負けを越えたものを伝えたかった藤井風と重なる

また前述したSuchmosの『VOLT-AGE』について、NONA REEVESの西寺郷太さんが連載するブルータスの中でこのようなことを言っていた。(おぼろげな記憶であり、正確な引用ではない)

ノレないという声も聞くが、ピッチに立った選手の緊張・集中が極限に達した時の周りがスローになっていく感覚を見事に表現していると思う。

当時これを読んで、凄く腑に落ちたのを覚えている。のちに『THE FIRST SLAM DUNK』で、試合中に水中にいるような音響演出があったがSuchmosはまさに先取りだったのだ。

余談だがSuchmosがこの年にこの曲で紅白に出場した際、「臭くて汚いライブハウスから来ました」と言って演奏を始めたことが、一部で「イキり過ぎてダサい」と言われているようだが、私は全くそうは思わない。

それはYONCEが茅ヶ崎出身ということもあるかもしれない。同郷のサザンがベストテンに初出場した際、桑田佳祐が「目立ちたがり屋の芸人でーす」と自己紹介したことと因果を感じる。

バタフライエフェクト的なことを言うなら、『VOLT-AGE』というアンチカタルシスな楽曲があったからこそ、『Workin' Hard』もあった。思えば嵐の『カイト』も東京オリンピックとは全く関係ない、米津玄師の個人的な体験を基にした?と思われる歌だった。

【小ネタ 歌詞の中のバスケネタ】

最後になるが、藤井風が当初はコートの選手にスポットライトを当てた歌詞にしようとしていたというのは、恐らく本当だろう。

Trust the process and be brave.

という一節があるが、「trust the process」はNBAのフィラデルフィア76ersの2010年代のキャッチフレーズだからだ。

この時期、シクサーズは「わざと」負けていた。日本のプロ野球のドラフトがクジなのに対し、NBAは基本的に弱いチームほど高い順位で有望株を指名することが出来る。1年間棒に振ってでも、負け続けることで、翌年以降にポテンシャルの高い選手を獲得する作戦(タンクと呼ぶ)だ。
だが、これをされるとファンは当然しんどい。なので「trust the process」は多分に自虐的な意味で浸透したが、この言葉を真正面からポジティブに置き換えたあたり、バスケファンもニヤッとしてしまう作りになっている。


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