いい匂いのきみがずっとそばにいてくれたら



モニターの前で真っ白なページを見て思うことは、「書くことがないのかもしれない」ということだ。(もしかしたら祭りの後の後遺症かもしれない)

机に向かうまでは、あれも書きたい、これも書きたい、と、希望をもっているけれど、いざ、書くか、となったら進まない。なに、今に始まったことじゃなくて、noteをやる前なんてそれこそ5年もなにも書かなかった。

良いことを言おうとか、感動させようとか、そんな下心をどこかに隠し持っているから、指先を邪魔するのかもしれない。仮説だけれど。でも、誰かが読んでくださるのならば、時間の損はさせたくない。できれば僕にしか書けない文体で、僕のフィルターを通して、オリジナルな何かを表出させたいと願っている。その願いが傲慢なくらい強いのだろうか。これも仮説だ。

想いや気持ちだって、この瞬間に浮かんだ語彙で、おおざっぱにからめとって定着させているだけだ。ああ、今日はカッコつけている。仕事が忙しかった反動だろう。忙しいという言い訳を武器にして、白いページの前でこころを休めている。

相性の話をしよう。

恋愛にとってもっとも大事なことのひとつは「匂い」だと思っている。わかりやすく「体臭」でもいい。その人の、香水ではない、地のにおいが、自分にとって惹かれるかどうか。いい匂いかどうか。匂いは言語化が難しいことのひとつだ。あとから振り返ることもできないし(香水は同じものを購入すれば振り返られるが、体臭は無理だ)、写真のように記録しておくことも、料理のレシピのように再現することも不可能だ。

どうしてだろうと考えたときに、「匂いは物質なんですよ」と教えられたことがある。つまり、物理的なモノ、つまり、言ってしまうと「その人の分身」ということだ。その人の体から発せられる極小の物体。それが匂いだから、匂いが残っているというのは、つまりはその人がいつまでもそこにいる、ということにほかならない。

僕は鼻が大きくて、犬先輩なみに鼻がきくので、匂いにまつわる記憶はたくさんある。再現はできないし文章化もできないけれど。今でもすれ違った瞬間に、それだけで一目惚れ(一匂惚れ?)しそうになるときがある。鼻の粘膜からダイレクトに脳に届くから始末に負えない。マスクをするようになってから、匂いがほとんどわからなくなってしまったことが、少しさみしい。




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