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エレナ婦人の教え2 エリック優雅なる生活011

じつを言えば「エレナ婦人の教え2」は前作を書き終えた翌年、2007年に書きはじめたものだった。最初はブログに書き、それをワードに書き起こして何度も何度も修正。総勢20人を超えるだろうか。スタッフや外注スタッフの力を借りこれじゃない、こういう表現だ、とばかり書き直していたのだ。

小説のセオリー通り細かく描写すれば具体的にはなる。だが堅苦しく作品のイメージが窮屈なものになる。作家たちの執筆法をつぶさに観察して行ったとき、小説の書き方とは違う感覚・感性がものを言うとわかってきた。

それからようやく、続きを書こうと想った。だが、筆が進まなくなったのだ。ピタリと書けなくなってしまった。情景はありありと浮かぶのだがそのイメージを文字化できない。自分の恥ずかしい部分をさらすようでどうしても書けなかったのだ。

だが、腹をくくった。小説家とは道路のまん中で素っ裸になることよ、と言った人がいたが、自分をさらけ出し、表現することで多くの人たちの心に響くものができる。そう想えた。

小説や映画、音楽や美術でも男女の性の問題は避けては通れない。人が出逢い、結ばれて行くには、恥ずかしい部分は避けては通れないのだ。

だから、書くことにした。これは実話では無い。だが私自身が「実小説」というあたらしい分野を編み出したように、現実と夢がシンクロする、過去と未来が交差する物語だ。だからまったくの作り話ではないし、実話でもない。じっさいに過去起きたことや、選ばなかったこと、傷ついたこと、選ばなかった人、友人やクライアントの話、小説家や映画俳優の人生を、別な形で表現したのがこの物語だ。

さぁ続けよう。

◆前回の話はこちらからどうぞ↓


第26章 魅惑の時間

その家は海の近くにあった。
岩に打ち付ける波。その波しぶきがガラス窓や建物の壁にかかるような海岸に近い場所に邸宅は建てられていた。

こんなオシャレなところにあるのか――。運転手付きの車で送られ、邸宅が近づいてくると、外からも中の様子が観えるその邸宅に見惚れた。こんなところで毎日過ごしているのか。そう思うと楊さんがうらやましかった。

「カチャ」。近づくとひとりでに開く電子ロックだ。「お帰りなさいませ」顔認証で解除されるオートキーとボイス。それはお出迎えしてくれるロボットだった。

「ゆっくりしてってちょうだい。バーボン、コニャック、赤白ワイン……何でもあるからお好きなの、飲んでいいわよ」

 ご自宅の中に入って行くと、エスキモー犬のような犬がお出迎えしてくれた。舌でペロペロ来客を舐め回し、歓待する。彼がいてくれたら楊さんもさびしくはないだろう。

「汗かいたならシャワー浴びてもいいわ。白のガウンがクローゼットにかかっているから遠慮なく使ってちょうだい」
「は、はい」

 あまりにスムーズな歓待にちょっと戸惑った。このガウンはこれまで誰が着たのだろう……。ホテルなら気にしないことでもご自宅だとやたら気になる。自分以外の男性か、亡くなった旦那さんの物なのか。だがそれはさすがに聴けなかった。

 ガラス越しに眺める海は黒かった。外のサーチライトが照らす海面は荒々しくもなまめかしい。それはまるでこれからのことを予兆するかのようだった。

 シャワーを浴び、バスタオルで体を拭いた後、ガウンに着替えた。続いて楊さんもシャワーを浴びガウンを着て出てきた。ヤバい。何だかドキドキしてきた。年上と言ってもいっぱしの女性だ。まだ30代後半。僕とは年が離れてはいるが十分に恋愛、結婚の対象になる。

 窓越しに聴こえる波の音。その波しぶきを眺めながら適温に冷やされたワインを取り出しグラス傾けた。上から吊るされたスクリーンにはモダンジャズの映像が流れている。体がほてっているのか酔いが回ってきた。

「いつもこんなひとときを過ごしているんですか?」
「そうね。だいたいね。いつもとは限らないけどでも、ひとりでもここで飲むわよ。オーストリアに来た頃のこと、夫とのこと、事業のことなんかを考えてね。でもね、それとは別に想いをはせるのは遠い中国の故郷のことね」

「中国はずいぶん発展しましたね。アメリカをしのごうかという勢いです。やっぱり大陸の文化でしょうか。同じ黄色人種なのにずいぶん違う気がします」
「そうね。同じアジア人でも中国、韓国、インド、ベトナム、フィリピン、カンボジアとも違うわね。したたかよね、中国人は。欧米人と違ったドライさがあるわ」

「そうですね。でも、こうしてオーストリアの地で一緒に過ごしていると何だか不思議な気がします。楊さんが中国の人という気がしません」
「そうかもしれないわね。少しそこは距離を置いているから。でないと欧米人とは結婚しないわ」

 しばし談笑していると、酔いが回り、睡魔が襲って来た。うとうととしていると、厚めのタオルケットをかけてくれた。疲れが出たせいか、いつの間にかベッドの縁に寄りかかっていた。

 ふと目が覚めるとベッドの中だった。どのくらい寝たのだろうか。時計の針を観ると午前2時だった。横に目をやると楊さんもベッドに入っていた。

「ずいぶん疲れていたようね」
彼女はこちらを観ながら微笑んだ。

「そ、そうですね。いろいろ目まぐるしく回ったから、ですね」
まさか同じベッドに寝ているとは! 慣れない地ではじめての場所ばかり。旅の疲れと酔いも回ったのだろう。夢見心地で眠りこけてしまった。だがまさかこんなところに一緒にいるなんて! まるで映画か小説に出てくるような展開じゃないか。

「あっ」

僕の中からその声が出るが早いか、キスされるのが早かったのかわからない。いずれにしても楊さんは唇を重ねてきた。

最初は戸惑った。だが燃えたぎる情熱が吹き出した。ブレーキ外れたように彼女を抱いた。

「楊さん、どうしていいか……。僕、あんまり経験ないんです。こういうのって。正直……」
「心配要らないわ。流れに身を任せるのよ。そのままの気持ちで。素直に」

「はい」
 だんだんと楊さんの呼吸が荒くなった。僕も体が火照ってきた。経験豊富なわけではないが、まがりなりにも少し女性経験はある。ただ、外国人相手というのはなかったが。

 楊さんがベッドカバーの下にもぐったかと思うと、生温かな感触が伝わってきた。やわらかい何かが自分の体をまさぐった。抑えきれない衝動が自分の脊髄を伝わった。

「楊さん……」
ベッドの中でそのまま彼女に覆いかぶさると、彼女の中へ入って行った。生暖かい何かと一緒になった。つながった感じだ。好きなのか、愛しているのかはわからない。ただいまは、彼女のことばに身を任せ、こころのおもむくまま、流れに身を任せよう。

…………

どれくらい時間が経っただろうか。1時間? 2時間? 眠りに入ったかと思えばまた抱いた。気づくと朝の6時だった。そのまま眠ってしまった。


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