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「そこにいない」芸術がそこにある。

それは2月3日土曜日の午後のことだった。
仕事で大阪に出かけた僕と妻はふと、「せっかくだからちょこっと足を延ばして名所・旧跡にでも行ってみようか」という話になった。

ホテルスタッフに尋ねると、「中之島美術館ができたばかりでいいと思いますよ」という。そこでふらりと出かけてみた。

ぐるりと展示場を回ると、入場無料で誰でも入れる場所にそれはあった。
会場入り口にビデオディスプレイがある。

「あの、ちょっといいですか。この人見かけたことないですか」
「さぁ・・・・・・、ごめんな」

行きかう人に次々と声をかける。しかし心当たりはないと言われる。延々とエンドレスで続くその映像はいったい何を表しているのだろうか。

続くテーブルの上には、何やら古めかしい白黒写真が飾ってある。よくわからない新聞記事と共にそれはあった。

木原結花さんが「いない」展示場

もうひとつのビデオディスプレイでは、海岸で製作に励む彼女らしき姿があった。ビニールプラスチック素材を抱えている。大事そうに起き上がらせるとそれは人物のカタチであり、目の前に飾ってあるコラージュ作品(糊付けなどして貼り付けていく作品)なのだとわかった。

プロフィールと作品への想いを観て、すぐにわかった。彼女は多感な14歳から15歳に引きこもりとなった。そのときに救ってくれたのはアニメのキャラクターたち。彼らを追い求めてモデルとする聖地を尋ねて行くと、そこには当然ながらキャラクターはいない。

ポッカリと空いたキャラクターの穴という現実の空間と、アニメ上の想像上の空間を思い描くとき、ふたつの現実がどうすればシンクロするかを考えた。そうやって人物像を創り上げていったのだ。

一方でもうひとつ、新聞記事に目が留まった。亡くなって身元のわからない人たちの記事だ。小さな記事から想像される人物像を思い描き、写真として架空の人物像を創り上げる。それはたしかに生きていた証となるものに寄せていく行為であり、もうひとりの人物なのだ。

「つまりは木原結花さんはそうやって外堀から内堀を浮き立たせることによってポッカリと空いた穴を埋めていくパズルを創っているのですね」
「はい、そうなんです」

「やはりそうなんですね」僕はうれしくなった。ちょこっと聴いただけで(違うかもしれないけれど)木原結花さんの訴えたいメッセージに少しだけ近づけた気がしたからだ。

「あ、でもそういう木原さんは【ここに】いませんね」
「はい」

「てことは、痕跡だけ残して本人はいないことになりますね」
「はい」

「じゃいいこと思いつきました! 僕が木原結花さんのいない空間をイラスト化して描いたらおもしろいことになりますね」
「そうですね」

「会ったことはあるんですか」
「はい。映像にもちょこっとだけ映ってます。顔全部は映ってはいませんが・・・・・・」

僕は急にインスピレーションが沸き、イラストと文面を即興で描いた。描き終えたと思ってスタッフの人に手渡そうとすると、別人に変わっていた! Aさんはいなくなり、Bさんに交代していたのだ!

「・・・・・・というわけでさっきこういう話をしてイラストを描いて渡そうという話になってたんですよ」
「はい・・・・・・(苦笑)」いまひとつ通じない。

「本人に会ったこと、ありますか」
「いいえ」

どおりでと思った。会ったことがないから、私の言うことも突拍子もないことを言っているように聞こえるはずだ。

「いきなりでビックリしたと思います。ふだんはしないんですよ、こんなこと。たださきほどAさんと会って話していてインスピレーションが沸いたものだから、つい描いてしまったというわけなんですよ」

ようやくBさんも要領を飲み込めたようだ。イラストを渡すと、本人に渡るかどうかわからないという。それでも構わない。だったらAさんに渡しておいてもらおう。

気づくとAさんは受付に移動していた。事の経緯を話すとイラストを本人に渡してくれるという。私の存在は明かさずただHiroとしただけだから、どこのだれかはわからない。だがそうしなかった。

本来なら身元を明らかにするし、最初はしようと思った。しかししなかった。それは作品のテーマがその人のいない場所で想像する空間だからだ。だからあえて私の身元を明かさず、たどり着いてくれればおもしろいと思った。ちょっとしたいたずら心でおこなうインスタレーション(展示空間を含めての作品)だが、彼女の純粋さに感ずるものがあってそうした。

私も少し美術はかじったし、ある程度描ける。クライアントにもミュージシャンやアーティストの感性豊かな人がいる。だから少なからず彼女の言わんとするところがわかる。

これからの彼女の活躍がたのしみだ。


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