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ある救急隊員たちの話

 田舎で、自転車に乗っていて車にぶつかった。生まれて初めての交通事故。

「ひき逃げされるのではないか」と緊張に胸が張り裂けそうだった。 心ない酔っぱらった若者が「死ね!」とさけんで通り過ぎる。

 現場検証が終わって警察が帰った後、やっとケガに思い至り、119番通報をした。10分ほど病院をさがしたが、レントゲンなどの検査技師は、もう帰っていないという。

「どちらにせよ明日出直した方が良いから、いったん帰って下さいね。」と言う。

すると、他の一人が、

「おいおい、ここにおいていくのかよ。外は氷点下だろう。」

また別の隊員が、

「しかも、これじゃ歩けないでしょう。」

「でも救急車で送り届けるのは、やっちゃいけない規則になってるよ。」

しばらく、救急車内の前方に四人ばかりが額をよせて、相談が続いた。

「あなた、家どこですか?」

私は、自分の住所を答えた。

「そう。じゃあ、すぐそこじゃない。」

「帰る途中の家だし、送っていこう」

「この人の自転車は、どうする?」

「おれが降りて引いていくよ」

事故が、自分に不利益な結果にならないよう張りつめていた心の糸が、プツンと切れた。

その優しさに、初めて涙があふれた。

「ごめんなさあ~~い!忙しいのに、こんなにご迷惑かけてしまってえ~~!

今どきの若い者は、言われたことしかやらないなんて思って、ごめんなさあい~!」

私は救急車の中の小さなベッドの上に突っ伏して、泣きじゃくった。


 さて、私が事故にあった田舎が何県のどこかということにふれるのは、差し控えさせ

ていただきます。何しろ彼らは規則破りをしたのですから。想像にお任せいたします。

こんな早朝だというのに、今も都内では救急車がサイレンを流して通り過ぎる。

あの若者たちの優しさと親切は、一生忘れないだろう。




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