かつて、新卒で入校した警察学校を一週間で辞めた話
2000年代半ば、わたしは“マーチ”と総称される大学の文系学部を出て、警視庁に就職した。ほんとうは陸上自衛隊に入りたかったのだが、いろいろな思いが交錯しあきらめることにしたのだ。そして、これは大きな間違いだった。
みなさんは木村拓哉主演の「教場」というドラマを知ってるだろうか? 警察学校を舞台にしたもので、チラッとしか見たことがないのだが、警察の雰囲気をそれとなく伝えてると思った。
当時わたしは警視庁警察官のⅠ類採用で、府中にある警察学校ではたしか1213期のI塚教場だったと記憶している。入校式までの一週間、毎日「気合を入れろっ」「やる気があんのか?」と大声で怒鳴られ、すっかり萎縮してしまい、だんだんやる気をもがれていったことを憶えている。というか、最初からやる気なんてなかったし警察志望でもなかったわけだが。言葉と雰囲気であれだけ人を威圧できる警察官という職業を、あれほど恐ろしいと感じたことはなかった。
そういえば元警察官僚の故・佐々淳行さんは、著書の中で「警察社会は新参者にはとりわけ厳しい」「警察大学校の教育は3ヶ月だからなんとかもったようなもので、あれ以上に長かったら続かなかった」ということを述懐していた。
警察社会の大きな特徴のひとつとして挙げられることに、監視と密告が徹底していることだろうか。はっきりいって、“日本の中の北朝鮮“といっても過言ではないんじゃないかな、それくらい窮屈な感じがした。
最初のうちは世話係の先輩が教場につくのだが、これがまた入校生の様子を教官や助教に逐一密告しているようで、目をつけられると呼び出しをくらい、制裁を受けることになる。
警察OBが書いた書籍では、犀川博正「警察官の現場 ノンキャリア警察官という生き方」や、松本均「交番のウラは闇 巡査10年選手の内部告発」といった本は、古いけれども警察社会を知る上で参考になるだろう。
わたしは逃げ出すようにして一週間で退職を申し出た。入校式を終えた直後のことだった。そのあとは親が呼び出されるわで、まったく居心地の悪い限りだった。
その後は父親の命令で、第二新卒向けの就職説明会とかにも行かされたが、民間で働く気にはなれなかった。そして間髪を入れずに陸上自衛隊に志願し、その年の夏に2等陸士として入隊することになった。
警察と陸上自衛隊、この二つの組織の教育の違い、雰囲気の違いには驚かされるばかりだった。陸自では、新隊員から無理なことを求めないしやらせない、また露骨に威圧的なこともない。訓練は段階的に進めていくし、警察とは違ってユーモアさえ感じられた。
近年、陸上自衛隊ではパワハラやセクハラが問題視されているが、ことに教育面に関しては優れている面もあったと思っている。
警察と自衛隊、世間では似たような体育会系の組織だと思われているかもしれないが、実際には組織文化が大きく違っている。このことは、のちに“組織論”というテーマに興味関心をもつ大きなきっかけになった。
おそらくその理由の一つには、日本の警察は明治時代の内務省から連綿と続く旧い組織であるのに対して、陸上自衛隊は戦後になってから進駐軍の指示で新設されたものであり、歴史が浅いことが挙げられると思う。
警察は一週間で辞めてしまったが、陸上自衛隊では結果的に4年務めた。その間、一般幹部候補生課程まで修了することができた。とはいえ、自衛隊の幹部の世界は、それはそれで窮屈で苦手であり、結局辞めてしまった。
もし階級を降格してもらうことができたなら、たぶん自衛官を続けていたことだろう。実際、地方自治体のなかには“希望降任制度”があるところもあり、同じことを国家公務員である自衛隊ができないのは、やはり柔軟性を欠いた硬直的な組織だから、と言えるかもしれない。
一方で、警察を短期間で辞めたわたしにはどこか悔いが残っており、「自分に負けた」という意識がくすぶり続けていた。在隊中に警察の採用試験を受け直したことがあったのだが、結局採用されることはなかった。むしろあんな組織に戻らないで良かったと思っている。
警察と自衛隊、この二つの組織に興味があって就職を考えている就活学生がいるのであれば、よく検討したほうがいい。そして、同じ自衛隊でも陸海空でそれぞれ組織文化がそれぞれ異なる。どこにいくにしても離職率は高いはずなので、「辞めた後にどうするか」といったことも入る前から一応腹案として考えておくべきだと思う。わたしの場合は行きあたりばったりで、本当に手探りの人生でした。