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現代アート小説 キタタミ #3「キタタミ編」

キタタミ



「イシガミさんが金沢の石畳を歩いているとき、木のかたまりと石畳が頭の中でぶつかって、キタタミが生まれたのさ」、ネコが言った。
「ひょえ~」、男の子は言った。「ねえ、そのとき、どんな音がしたの?」

「パチンって,はじける音が響いたのさ」、ネコは言った。「そう、その一瞬、頭と宇宙がつながったのさ」
「ひょえ~」、男の子は、空を見上げた。

 ネコは、スギのキタタミの上で丸まっていた。やっぱり、スギのキタタミが一番やわらかい。くっきりとした年輪を見ていると、ガリガリと爪を研ぎたくなる。

 男の子は、いたずらをしたくなって、キタタミを引っこ抜いた。スギは軽いから、すっと抜けた。ネコは、ふいにひっくり返って、ネコらしくニャアと鳴いた。

「ねえ、何かにぶつかると、変身してしまうものなの?」、男の子はネコに聞いた。
「もちろん、そういうことさ」、ネコはヒゲをピンと伸ばした。
「ぼくも何かにぶつかったら、変身してしまうの?」、男の子は心配そうに聞いた。
「運命というやつさ」、ネコは目を開いた。

「運命って、何?」、男の子は聞いた。
「とっても恐いものさ。君だって、オイラだって、キタタミだって、何かにぶつかったら、今までとは違うものに変わってしまう」
「ひょえ~」、男の子は大きな声を出した。

「どこにもぶつからないで生きることなんてできないから、だったら、自分がぶつかりたいものに、ぶつかることさ」、ネコが、ヒノキのキタタミに飛びうつった。
 ヒノキの香りが、ふんわりと立ちのぼって、ネコの姿がおぼろげに霞んだ。

――スギ、ケヤキ、サクラ、クルミ、カエデ、ブナ、アンズ―― 
 男の子はいろいろな木の種類を思い浮かべた。「だったら、木は何にぶつかって変身したの?」
「もちろん、時間というやつさ」、ネコは言った。
「ひょえ~」、男の子は叫んだ。

           *

「せえのっ」
ネコと男の子は、厚くて重いキタタミを裏返した。マジックで、「クス」「SHIMIZU」と書いてあった。

―― 静岡の清水の神社に、クスの木が立っていた。クスの木のまわりで、子供たちが遊んでいる。クスの木の割れ目から、木の中に入り込むと、ぽっかりと空洞が開いていて、空までつながっていた。

この空洞を木の上までのぼり切ることができたなら、別の世界に行ける。そんな伝説があって、でも身体ごと、どこかに行ってしまうわけじゃなくて、世界の見え方が変わってしまうらしい。

 ところが、空洞をのぼろうとする人は、ほとんどいなくて、それは、のぼれないからじゃなくて、みんな、自分が変わってしまうことが、おっかないらしい。

 クスの木は、神社そのものだった。クスの木が自分で立っていられなくなったとき、人々は祈りを捧げて、クスの木を倒した。そうして、神社のクスの木のひとかけらが、キタタミになった。

           *

 かしの木は、とにかく背が高くて、みんなを手招きしているように感じられた。そう感じてしまう人は集まらないわけにいかなくて、木の根もとまで歩いて来て、ぼんやりと座っている。

 誰もいなくなると、かしの木は、どんぐりを落とした。もう一度、人々が集まって来て、どんぐりをポケットに入れた。夜になって人々が家に帰ると、動物が集まって来て、どんぐりを食べた。動物は、どんぐりが食べ切れなくて、冬にそなえて地面に埋めた。

 大地のうごめきと、どんぐりがぶつかって、新しい芽が出た。新しい芽は、太陽の光とぶつかって、ぐんぐんと伸びた。
 かしの木は、新しいかしの木が育ったことに安心して、キタタミに変わった。

           *

 クルミの木は、高台の上から町を見つめていた。ちょっと前まで、このあたりは田んぼだらけで、イナゴが飛び乱れて、道はガタガタだった。そのうちに、あちこちにアパートが建って、いくつものお店ができた。

 クルミの木の先祖の木も、同じ場所に立っていた。昔、このあたりは、川だった。川の流れがだんだん少なくなって、ちょっとずつ地面が現れて、人々がやって来て田んぼになった。

 クルミの木は、キタタミになった。キタタミの年輪の中に、町の風景の移り変わりが埋まっている。年輪の奥には、先祖の木の記憶が眠っている。ネコも男の子も、クルミのキタタミに乗るたびに、きっと、その感触にふれている。

          *

 ネコが、さくらのキタタミに飛び移った。
 ネコの温かさで、キタタミがぽかぽかに温まって、さくらの花が咲いた。
「ひょえ~」、男の子は飛び上がった。

 ネコと男の子は、さくらの花びらを追いかけた。ネコと男の子が走り回る光景が、キタタミを包み込んだ。


@「梢のキタタミ」 2023.11.3 ~ 11.26
art  cocoonみらい





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