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遺伝子と笑い

今日のおすすめの一冊は、葉室頼昭氏の『神道と〈ひらめき〉』(春秋社)です。その中から「アポトーシスの法則」という題でブログを書きました。

本書の中に村上和雄博士の「遺伝子と笑い」について書かれた文章がありました。

筑波大学名誉教授である村上和雄博士が「遺伝子と笑い」いう題で、遺伝子を活性化させるための興味深いお話をされております。

博士は遺伝子を働かせるには、アホになることだといわれております。ここでいうアホというのは、ばかという意味ではありません。アホというのは、なにごとにも理屈をいわないで、面白いことに無条件に反応して笑うことです。

また、過去を引きずる人は、笑わないといわれておりますが、これは定年になると急に衰える人や、いつまでもつらい過去にこだわる人のことを指しています。

たとえば、自分は有名な大学を出て、会社では重役で、現役時代はたくさんの部下がいた。このように、過ぎ去った過去の栄光をいつまでも引きずっていますと、いわゆる自惚れが邪魔をして、こんなくだらないことで笑ったら、自分のプライドが傷つくと思って、笑えないのです。

そうすると遺伝子はオンにならず、病気になったり不幸になったりするのです。アホというのはすなわち、面白いことには無条件で反応する姿をいうのです。

村上和雄博士は、「アホは神の望み(サンマーク文庫)」の中で、こう語っている。

神のほんとうの望みとは何なのか?一つは、「つつしみの心」だと思います。他の生物には備わっているのに、人間だけがそれを失うか忘れるかしている節度や調和や「おかげさま」の心です。

そして、もう一つは「愚かさを守る」心ではないでしょうか。

愚かさを守る生き方とは、すなわち、小利口でこざかしい知識や知恵、速度や効率、駆け引きや計略、私利私欲や傲慢(ごうまん)さ、おごりや増長、攻撃性や支配性、鋭いが冷たい理知…そういうものには無縁か、距離を置きながら、目に見えないものを信じ、先を急がず、ゆったりとかまえ、学問や知識は多くなくても、自分の信じる道を正直に歩み、手間を惜しまず、回り道を厭(いと)わない。

時代遅れで融通もきかず、利にも疎いが、焦らず、いばらず、くさらず、わずかなことで満足を覚え、不平不満よりは感謝の言葉が多く、批判的であるより親和的で、悲観的より楽天的で、いつもニコニコ笑みを絶やさず、でくのぼうのようなぬくもりをにじませつつ、人を裁くよりは許して、「自分などたいした人間ではない」と自己への戒めを忘れず、命とは何か、生きるとは何かについて時間をかけてゆっくり考え、大きな回路をぐるりとめぐって大きな答えにたどり着く。

そんな鈍く、遅く、重い生き方をしながら、自分の中の「愚」をひそかにしっかりと守ること。その深く大きな愚かを一生涯かけて貫くこと。神が望んでいるのはそういう生き方ではないでしょうか。

「愚かさを守る」とは、「養愚」という、「愚を養う」ことだ。バカになりきれ、ということ。カッコ悪いこともさらけ出し、下座の心で一生勉強し続けること。

また、カッコつけたり、偉そうにしている人は、心の底から笑えない。自分を偽っているからだ。それは理性や理屈が先行しているということ。アホという、頭をからっぽにしないと大笑いはできない。

「つつしみの心」そして「愚かさを守る」という言葉を胸に刻みたい。

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