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ある人が、神様と砂浜を歩く夢を見た

今日のおすすめの一冊は、湯川久子氏の『ほどよく距離を置きなさい』(サンマーク出版)の中から、「すべてのものには神が宿る」というテーマで書きました。この「神が宿る」ということについて、こんな話を思い出しました。

『ある人が、神様と砂浜を歩く夢を見た。後ろを振り向くと、2人分の足跡が残っていた。しかし、人生を振り返ってあることに気づく。自分の人生の中には、ひとり分の足跡しかないところがあるのだ。それは、その人が人生でもっともつらく、悲しいときだった。その人は神様に尋ねた。「どうして、あのときは一緒に歩いてくれなかったのですか?」神様は答えた。「愛する我が子よ、私はあなたを見捨てたりはしない。そのひとり分の足跡は、あなたを背負って歩いた私の足跡だよ」』(情熱思考)より

また、幕末から明治にかけて通訳や英語の教師として活躍した、ジョン・万次郎のこんなエピソードがあります。ジョン・万次郎はもともと漁師でしたが、あるとき漁の最中に嵐にあい、船が難破し、無人島に漂着するという不運に見舞われたことがありました。しかし、その後、アメリカの捕鯨船に救出され、渡米し、しばらくの間アメリカで暮らしました。そのおかげで英語をマスターすることになります。

そのことについて、ジョン・万次郎は、晩年、次のように語っています。「船が難破するという不運は、よりよい人生を送るための、天の導きであった」神様は私たちがどうすれば幸せになれるかを知っています。そのために人生の軌道修正を図ろうとしてくれることが、しばしばあります。しかも、神様は、人生の軌道修正を図るためには、あえて不幸な体験をすることで、つらい道を通過したほうがいいことも知っています。(幸運は不運のあとにやってくる ・リンダパブリッシャーズの本)より

「幸運は不幸の顔をして現れる」という言葉がありますが、神様も同じで、一見不幸のような顔をして現れるときがあります。しかし、それを乗り越えることによって、幸福なことが待っているということです。神様はどうも、そういう設計をしているようです。

「目の前に現れた苦手な人がもしかしたら神様かもしれない」、そう思ったら、ぞんざいに扱うことはできませんよね(笑)


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https://ameblo.jp/hiroo117/entry-12603242257.html


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