見出し画像

「頼まれごと」と「謙虚さ」

今日のおすすめの一冊は、小林正観さんの『心がすーっと晴れていく言葉』(主婦の友社)です。その中から『神様が応援したくなる「人格」とは』という題でブログを書きました。

本書の中に『「頼まれごと」と「謙虚さ」』という心に響く一節がありました。

いつも見守ってくれる存在(守護霊という言い方をしてもいいですが)は、 私たちの能力や人格を全部知っていて、知りぬいた上で、頼まれごとを運んできてく れているんです。

 私たちが、今日から不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言わなくなると、この 方(守護霊さん)が飛び回り始めます。 この方は、あっちこっちですごく精力的に飛び回っていて、私たちをいかに売り込 むかということのために、いわば営業活動をしているんです。とても強力な営業部長なんですね。 

ですから、頼まれごとに対する否定的な返事は、実は守護霊さんに対する否定的な返事なんです。この方が営業部長となってとってきてくださる頼まれごとに対して、自分の自我で、「これは好き、これは嫌い、それはやりたくない」って文句を言ったとたんに、この方はやる気をなくすみたいです。

だってこの方は、私たちを喜ばせるために一生懸命やっているんですから。 だから、私たちのまわりに起きる現象というのは全部、私たちを喜ばせるためだけに守護霊さんが起こしている、といえますね。

そして、この方(守護霊さん)の営業のおかげで頼まれごとがきたときに、「私にはそんな能力はないので、とても無理です」と言って断るのを「傲慢」といいます。 おごり、高ぶり、うぬぼれ、傲慢です。

一方、たとえば、「PTAの会長とか役員をやってください」って頼まれたときに、「私にはできるかどうかわかりませんけど、できる限りやらせていただきます」っていうのを 「謙虚」といいます。 一般的にいう 「謙虚」と「傲慢」とは、まったく違うんですね。

守護霊は神さまと言いかえてもいいかもしれない。神さまは我々を喜ばせるために一所懸命やっているという。それは、人間から見ると「悪いこと」も含まれる。表面的に「悪いこと」が起きたとしても、何年か後には、その「悪いこと」があったから今がある、と感謝する日がやってくるからだ。

今日のブログはこちらから☞人の心に灯をともす


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?