スウェーデン発ドキュメンタリー『PUSH』で学ぶ住宅問題と国連特別報告者の仕事
気鋭のドキュメンタリー監督が次に選んだ社会問題は「住宅」
(2019年8月31日のブログ記事を転載、編集したものです)
バナナ産業の暗部に迫った『バナナの逆襲』や、車社会の問題点をあぶり出した『Bikes vs Cars 車社会から自転車社会へ』が日本でも上映されたスウェーデンのドキュメンタリー映画監督、フレドリック・ゲルテン。
スウェーデン出身の人気フットボール選手スラタン・イブラヒモビッチのドキュメンタリーでも知られる彼は、国際的な活躍を続ける今もスウェーデンに事務所を構えています。そんなゲルテンがこの度完成したドキュメンタリーは、住宅問題を扱った『PUSH』。
住宅を金融商品のように扱うグローバル企業が、今、世界中の都市で古くなった集合住宅を買取りリノベーションを施して急激に家賃を増額。古い物件に住んでいた人たちはリノベ後の高い家賃を払うことができず、下手をすればホームレスになる状況に追い込まれています。
そんな自分たちが住んできたコミュニティから「PUSH(押し出される)」される人たちと、「適切な住居に住む基本的人権」という当然あるべきだが侵害されている権利を守るため、世界の大都市の行政も巻き込こんで状況改善に奔走する国連特別報告者の戦いを描いたこの映画の試写会に行ってきました。
住宅問題に関する自分の無知に驚く
映画をみていて驚いたのは「自分自身の無知」でした。
Blackstoneという、人々の生活の場を金融商品としかみていないグローバル企業。不動産業というよりは金融業者です。また「国連特別報告者」という仕事のことや、大都市の真ん中で増える空き家、コミュニティとはまったく繋がりを持たない大家とAirBnB、そして住宅問題とは縁のなさそうだったスウェーデンにもBlackstoneの魔の手が迫ってきていること、などなど。
映画で次々に提示される問題の重大さと比較して、映画を見る直前までの自分の持っていた知識がかぎりなく低い、というかゼロであったことに驚きました。
幸いなことに何事でも始めるのに遅すぎることはないはず。わからないことは調べ、他の人に伝えたいと思ったことは伝えていけばいい。まずは自分でできることからやっていくしかありません。ということで、私も映画をみてから、調べたことを以下に少しまとめてみました。
「国連特別報告者」とは何者か?
まずは「国連特別報告者」についてから。
ウィキベディアによると「国連の特別報告者は、国際連合人権理事会から任命され、特定の国における人権状況や主題別の人権状況について調査・監視・報告・勧告を行う専門家」です。
政府や組織から独立して個人の資格で任務についている人たちで、彼らが調査して勧告を行う「特定の国」としてはイラン、シリア、ソマリア、北朝鮮、ミャンマーなどがあり、「主題」には意見及び表現の自由、移住者、子どもの売買・児童ポルノ、女性差別、テロなどがあります。そのうちの一つとして「適切な住居」があるのです。
日本も特別報告者とは無縁ではなく、日本語で「国連特別報告者」を検索してみると、表現の自由分野では日本のメディアが政府当局者の圧力にさらされ独立性に懸念があるとの報告がされていたり、また慰安婦を「性奴隷」と表現した報告書や、福島の原発事故に関しての報告書もあります。
この映画の主題に戻ると、重いテーマのドキュメンタリーをその知的でチャーミングな強さでポジティブなものにしているのが、主要登場人物であるカナダ人のレイラニ・ファルハさん。彼女は前述したように「適切な住居」問題に関する国連特別報告者です。
彼女は住宅をめぐるグローバル金融の仕組みに怒りを覚えながらも、あきらめずにバルセロナやベルリンといった住宅問題を抱える都市を巻き込んで「The Shift」という変革のための都市同盟をつくっていきます。
映画の中で「私は157センチしかないけど、世界を変えることができると信じてる」とつぶやく彼女。人間、ちょっと狂信的なまでにのめり込まないと大したことはできないと最近やっと気が付きはじめた私は、彼女のこのセリフに感動しました。ゲルテン監督の前作の『Bikes & Cars』もそうだったけど、彼のドキュメンタリーには世界の変革にチャレンジするかっこいい女性がたくさんでてきます。
映画はスウェーデンでは9月6日から劇場公開
KickstarterでもPR資金を募ったこの映画はスウェーデンでは9月6日から劇場で一般公開されます。
参加した試写会での質疑応答で明かされたのは、Blackstoneがスウェーデンを有望市場だと見ていること。適正な価格で質のいい住宅に住むことができるのがスウェーデンのとてもいい点だと思っていただけに、この話は聞いていてとても恐ろしかった。
幸い、今年6月にこの映画を観たスウェーデンの住宅・担当大臣ペール・ボールンドも既に「借主を守る政策を」とコメントをだしていたり、スウェーデン第三の都市であるマルメ市は今年3月にスウェーデンの街としては初めて「The Shift」に参加を決めたりと、迫りくる住宅の金融化問題に関するスウェーデン行政側の認識は高まっているようです。
ドキュメンタリーの最後の方で、ファルハさんはアジアの一国に飛び、意外な組織と会合を持つのですが、その国とはどこで、会合の内容から示される私たちにもできる、状況を変えるための意外なアクションとはいったいなんだったのでしょうか?
世界中で多くの人にみてもらいたいこの映画ですが、日本でも近々上映されることを祈っています!
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