見出し画像

ショートショート:未来視

瞼が重い。
体も重い。
それでも必ず行かねばならない。
会社というのはそういう場所だ。


「おはようございます」
挨拶をすると、代わりに部長の怒声が飛んできた。
「おい山田!今月のノルマ、クリア出来てないのお前だけだぞ!」
「すみません」
「謝りゃいいって話じゃないんだよ!5年も営業やってて何やってんだ。お前の代わりなんていくらでもいるんだからな!」
食品メーカーに勤める僕は、小売店へ行き、うちの商品を買ってもらうのが仕事だ。
しかし、今年28になる僕は、一向に結果を残せていない。
後輩にまで、抜かれる始末だ。


「あの、これがうちの新商品でして…」
「あー要らない要らない。前にも言ったと思うけどさ、君から買うつもりないから。」
「す、すみません」
「何というか覇気がない。買っても売れる気しないんだわ。今忙しいんだよ。さ、帰って帰って」
「すみませんでした」


まだ昼前だというのに、今日だけで何度謝っただろう。
そしてこれから何度謝るのだろう。
毎日同じ事の繰り返し。
もう疲れた。
ぐぅぅ。
しかし、どんな気分でも腹は減る。
飯を食う時間はないが、コーヒーくらいは飲んでおこう。


僕は近くのコンビニへ寄り、冷凍ケースからアイスコーヒーのカップを1つ手に取った。
「アイスコーヒーのMで」
「は〜い」
何だこの愛想のない店員は。今日はてんでついてない。
(タバコ)
ん?
(すみません、番号を伺っても…)
(42番!早くしろよ!)
(す、すみません!)
何だこれは。


「はいこれ。レジ横に機械あるんで自分で作ってくださ〜い。」
「あ、ありがとうございます」
店員の雑な対応に内心イライラしながらも、商品を受け取り機械の方へ移動する。
「タバコ」
え?
「すみません、番号を伺っても…」
「42番!早くしろよ!」
「す、すみません!」
先程のレジに目をやる。
どうやらガラの悪い男性客がタバコを買いにきたようだ。
「今のやり取り…」
ついさっき頭の中に流れた光景と完全に一致する。
(どういう事だ)


不思議に思いながらもコーヒーを片手に営業車へ戻る。
半分ほど飲み終え、次の商談先へ向かおうと車のエンジンをかける。
(何やってんだおっさん!殺す気か!)
まただ。
一体何なんだ。
次の商談まで時間がない。
急がなければとアクセル踏んだ。
その瞬間だった。
目の前に若い男が現れた。
キキィー!
僕は慌ててブレーキを踏んだ。
「何やってんだおっさん!殺す気か!」
「す、すみません!」
間一髪のところだった。
そしてこの光景も、先程頭に流れてきたもの、そのものだった。


午後8時。
流石に変だと感じた僕は、退勤後、会社から1番近い精神科を受診することにした。
しかし、時間が時間だ。開いている病院が中々見つからなかった。
そんな中、1か所だけ開いている病院を見つけた。
「辻メンタルクリニック、か」
評価が1件もないことは気になったが、ここへ行くことにした。


中へ入ると受付の女性が声をかけてきた。
「こんばんは。初診の方ですか?」
「はい」
「ではこちらの問診票をお書きになってお待ちください」
僕はペンと問診票を渡された。
見る限り、至って普通の病院だ。立地も悪くない。
にも関わらず、評価が0件というのは、やはり気になる。


「山田様〜、1番診察室へどうぞ〜」
呼ばれるがまま、僕は診察室へ向かった。
中に入ると、いかにもベテランとみられる白髪の医師が座っていた。
「初めまして山田さん。私はここの医院長である辻と申します。」
「はぁ」
「本日は如何なさいましたか?」
「あの、今から言うことを信じてもらえますか?」
「勿論ですよ」
「僕、どうやら未来が見えるみたいでして」
「未来?」
「はい、今日の昼頃でした。コンビニで会計中、店員と次の客のやり取りが分かったり、自分が事故を起こす寸前のイメージが湧いてきたりしたんですが、その後、そのどちらも実際に起きたんです。本当なんです!」
「ふむ、それは未来視かもしれませんね。」
「未来視、ですか?」
「そうです。その名の通り、未来が見える力のことです。どうやらあなたは、その持ち主らしい」
「ではこれは、病気ではないんですか?」
「病気というよりは個性に近いですな。目の前の人や近くにいる人に作用します。ただ、思ってらっしゃる様な都合の良いものではないので、嫌いな方や苦手な方と関わるのは控えた方が宜しいでしょう。稀に暴走しますからね」
「分かりました」


この日、僕は眠れなかった。
年甲斐もなく、物語の主人公になったようでワクワクした。
この力を使えば、何事も先回りして対処出来る。
つまり、成功を収められる。
そう考えていた。


それから1週間。
僕は、理想と現実の間に潰されそうになっていた。
商談の結果は相変わらずだった。先回りしてフォローしても、君の言葉は軽いと一蹴される。
その結果、部長には相変わらず怒鳴られる。
「どうして上手くいかないんだ…」
オフィスでうなだれていると、肩をポンと叩かれた。
振り返ると、そこには同僚の林が立っていた。
「よ、山田。今日も大変そうだな。」
「何だよ急に」
「いやぁな、今日部署の人間全員での飲み会があるから、その連絡。お前だけSMSのグループに返信なかったからリマインドでな。」
「そうか、悪かったな」
「いいんだよ、最近疲れてるっぽいし、今日はパーっといこうぜ!部長も来るしさ!」
「部長もいるのか?」
「当たり前だろ?部署メンバーでの飲み会なんだから。じゃ、8時に居酒屋集合だから、宜しくな!」
「あっ…」


今日はやめとく、と言おうとして口をつぐんだ。
辻先生の話では、未来視の暴走を防ぐため、嫌いな人と関わるのは避ける様に言われている。
適当な理由をつけて断ることも出来る。
しかし、僕は行くことにした。
行かなかった場合、後で部長から何を言われるか分からない。
そっちの方が、僕にとっては恐ろしかった。


居酒屋へ到着すると、座敷が予約されていた。
席は人数分の10席。
にも関わらず、運の悪いことに、僕の前には部長がいる。
「皆さん、飲み物は来ましたか?それでは、かんぱーい!」
林の音頭で飲み会は始まった。


「かーっ!やっぱり仕事終わりの酒はたまらん!な?山田もそう思うだろ?」
「そ、そうですね」
「はっはっは、嘘をつくな!お前は仕事をしとらんだろう。何だ今月の成績は。部署内で最下位だぞ。新入りに抜かれて悔しくないのか?」
僕は何も言えず、俯いたまま拳を握りしめていた。
「大体根性が無いんだよ。ちょっと叱られただけでシュンとしおって。そんなんじゃこの先やっていけんぞ」
「ハハ、すみません」
(お前は部署内のゴミ、いや、それ以下のクズだな。)
まただ。
(正直やめてくれた方が売り上げが伸びて、俺の評価も上がると思うんだがな。)
やめろ!
(ほんっと、無価値だなお前は)
「やめろおぉぉ!」
僕はビール瓶掴み、部長に向かって振り上げた。
「な、何だ山田!」
「おい、山田やめろ!」
部長と林の声は耳に入らなかった。
僕は力一杯瓶を振った。
バリンッ!
「きゃぁー!」
「部長!大丈夫ですか!?」
「おい!誰か救急車呼べ!」
目に前には頭部から血を流した部長が倒れている。
全身に返り血を浴びた僕は、割れた瓶を片手に立っていた。
「僕は…僕は無価値じゃない…」
僕はそのままフラフラと店を出た。

「そこの男止まれ!」
「え」
店の前には夥しい数の警官が武装してこちらを向いている。
そのうち4人の警官が僕に近づき、両の腕に手錠をかける
「午後9時17分。殺人未遂の容疑でお前を逮捕する。」
「何で…何で!」
「おい山田!」
振り返ると、そこには林がいた。
「お前、何でこんな事したんだ!」
「部長が僕をクズだって、無価値だって言うから…」
「俺も隣にいたけど、そんな事一言も言ってなかったぞ!」
「違うんだ!今から言おうとしてたんだ!今から、絶対に…」
「詳しい話は署で聞く。乗れ」
こうして僕は犯罪者となった

「警部、なぜ今日ここで事件が起きるって分かったんですか?」
「彼から連絡が入った」
「彼?」
「辻メンタルクリニックの医師。辻美良先生だ。彼は未来を見る力、未来視の持ち主だ。彼に罹った患者は皆犯罪を犯す。その彼から今日、この居酒屋で山田という男が殺人未遂を犯すと、連絡が入ったんだ。」

この記事が参加している募集

#スキしてみて

529,171件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?