マガジンのカバー画像

詩とおもう(スケッチ)

73
情景やら心象やらを集めました。
運営しているクリエイター

#写真

ひみつ(2022.10.19)

秘密は 遠く離れた異国で 根づき やがて芽生えた その土壌は 誰も耕さず 固く締まった土から 柔らかい芽を出した いくつもの昼と いくつもの夜を数えて 伸びた葉と根は 自分を知らなかった 乾いた熱い空気 遠く離れた故国では 雨ばかり降っていたのに 夢などみなくていい みないほうがいい 固い土が囁いた

写真(2021.3.26)

静かな部屋に 枯れ葉が降り積もる 雨 風 日差し ときに雪 堆積していく層の随に 部屋は 閉じていく 佇む朝と昼 思い出す闇 静かな部屋は かさかさと染まっていく 遠のく けれど 消えはしない 降り積もった枯れ葉を かきわけて 潜っていく 生温かい底に 一枚の写真がある

残暑(2020.9.11)

彼の岸は 空の向こう やがて踏む梯子の先 ひんやりとした青い色は 地上の名残を滅するほどの 陽の熱すらも懐にして ひんやりと笑っている 焼かれ燻され墜ちていく 熱された体から惑い出た もう望めない声たちを その懐に抱こうと 彼の岸は 空の向こうに ひんやりと待っている 外された梯子の まだ下にいるわたし 手のひらを陽に焼きながら 彼の岸を睨む

手のひら(2020.8.23)

ぱちんと 叩いた手のひらで たくさんの蚊を潰した その都度 手のひらは 赤黒く汚れた 痛くも痒くもない ぱちんと 手を払いのけたら あなたは消えた 消えたように見えた わたしには見えないところで しばらくたゆたって わたしには見えないところで 今度こそ本当に消えた わたしの 手のひらは とても きれいだ 痛くも痒くもない

龍(2020.7.11)

その日 空には 龍がいた 龍は 声無く吼えていた 誰も 龍に 気づいていないようだった ひげを震わせ 龍は のたうっていた 届かないと知りつつ 龍に 手を伸ばしてみた 龍は わたしを見た その日 空には 龍がいた 誰にも 気づかれずに 苦しみ続けていた 龍は 消えた わたしが伸ばした 手のひらに

朝食(2020.6.29)

灰色の磨りガラスの向こう 朝食が整えられたテーブル 席につく人は消えてしまった いつかの幽霊船 消えてしまった人びとと共に わたしは朝食の席につく 冷たいミルクを 熟れたくだものを 見知らぬことばで交わされた いくつかのやり取り もう揺れることのない船で わたしは朝食の席につく 湯気の立つスープ 火を通した肉 生まれる前から知っている すりきれた音楽 見えないテーブルの 見えない皿に 見えない人びとが手を伸ばす 灰色の磨りガラスの向こう

脈(2020.6.17)

ひよこの鳴き声 ぴよぴよ 生まれたての赤ちゃん 頭蓋骨のひよめき へこへこ 脈を打つ 生きもののオノマトペ 泣き虫が めそめそ 泣いている 死期が近づいても 簡単にはやめられなくて いつまで数えたら眠れる? めそめそ へこへこ ぴよぴよ 泣き虫のニューロン 泣きながらみちびいた式と 掘り出したことわりの果てに 光の速さを知った ひくひく 脈を打つ

洞窟(2020.6.16)

目を閉じて 空っぽの洞窟の底へ落ちていく 音符を眺めている なつかしい青いリュックが揺れていて 降りていこうとする背中に 声をかけそうになる また目を閉じる 空っぽの洞窟の音符は 宙をさまよっている この音じゃない 長い時間が経っている 遠い場所へ来ている からかうように音符は つかのま洞窟を満たす あの音だったかもしれない 青いリュックに手を入れて 探ってみたはずの 触ってみたはずの あの背中

初夏(2020.5.12)

知らないおうちの裏庭の 白い花を勝手に摘んで 空き瓶に投げ込む 水を含んだ土の粘り つぶれた葉っぱの匂い まだ日は高い 鼻の頭の汗を指になすりつけ 短く濃い影をひきずって きのうは蟻の巣をつぶした きょうはお葬式 しおれ始めた白い花 母が嫌がる白い花 だから 蟻さんにあげようね 知らないおうちの窓の 白いカーテンに向かって 空き瓶を投げ込む

まだら(2020.5.16)

雨が しろく わたしを染める 降られるままに まだらに しろく 染められず 残ったわたしの部分が 雨粒を 残らず数えきろうとしている 染まってしまえ 一も千も忘れて 染まってしまえ 涙もしろく 染められず 残ったわたしの部分は 秒針を 逃さず数えきろうとしている 染まってしまえ メトロノームよ 染まってしまえ 耳を劈け まだらのからだ まだらのままに 降られるままに まだらに しろく

砂と壁(2020.5.11)

砂場の砂を小さく寄せて 砂場の砂で小さな壁を さらさらとすぐに崩れる 小さな壁をこしらえる 砂の壁は 雨で固まり 風で崩れて 目に入ったりした 砂の壁は 雨で固まり 足で踏まれて こすりつけられたりした 幼い目と手は そこが砂場であることも そこが砂漠でないことも お構いなしで 指のあいだの砂粒を 慎重に払いながら あっさりと崩れる壁を こしらえ続けた 砂場の外の 砂漠の砂は 果ても限もなかった 地図にしるした 小さな座標は 風で崩れて 足で踏まれて 画面から消えていく

あまみず(2020.3.14)

髪のはえぎわから 眉に伝わる雨の記憶 靴に染み込み 指を冷やす雨の記憶 いつもの国道を 渚に変えた雨の記憶 あなたと会った 一番古い日 あなたに会った 一番新しい日 そのどれでもない雨の日 太陽に塗りつぶされる前に 雨の記憶を数える 頬は冷たく 耳は熱く 濡れた指は 埃の味がする

クオリア(2020.3.15)

名をつけるとしたら そうなのだろう 光沢のある葉の面 風になびく鴇色の花 いつものカーブを 傾いて踏みしめる 少しずつ 疑って 少しずつ 期待して 見た夢を忘れる朝と その朝を忘れる夜と いつまでも どうしても 叶わない夢に耐え 靴底の傾きを いつものカーブを 鈍く白い葉の裏 匂わない花の色 飽きることなく 名をつけようとする

舞台(2020.3.7)

こんなにも白い世界が ここにあった 空も 壁も 花も 白い 目を閉じても 瞼の裏まで 白い 白には音がない 耳の中まで 白い 始まりも 終わりも 白い世界で 生まれて初めて 永遠という言葉を 手にした