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詩とおもう(スケッチ)

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情景やら心象やらを集めました。
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2019年1月の記事一覧

共有(2018.8)

蜻蛉が 急行電車に煽られて 見えなくなった リストに名前がある なければないで 共有オプションから 外れるだけだ 無人のアパートの 壁一面の落書き 俺、参上(匿名希望) まぶたに目ん玉描いときゃいい ああ言えばこう言う お前らの 共有って何だ 蜻蛉を弾き飛ばした 青い電車が 空気と一緒に トンネルに吸い込まれていく

しおり(2017.11.7)

傷はいつまでも消えない 傷がなかったことを 覚えている限り 数年も経てば わからなくなると ドクターは言った まだ固い胸 ときどき ピッと痛む わたし といえば 全身がわたしのはずだった 報告の義務などない がん細胞は おとなしく きちきちと 分裂し続けていた この傷は栞 知らなかった と 知った は 栞の手前と向こうで ぴったり隣り合って ひとつに閉じられている いまも 栞を挟んだまま ページを読み進める

壁(2018.10.21)

目を黒く塗りつぶして 隠しおおせるのは 素性でも顔の造作でもなく 互いの視線の行方 壁を打ち壊して残るのは 壁だった瓦礫と 湿った土を乾かす 隠しようがない空 光を嫌う虫ならば 持ち上げた石の下から走り出る 逃げることも忘れて 残された瓦礫にしがみつく 掴みどころなく 爪を剥がすたびに 声は枯れていく 不在通知が保証する宛先 そこに あなたはいるのだ

女学生(2018.11.3)

おそろいのTシャツと おそろいの制服とは 天と地ほど違う 朝の日差しに照らし出された 不機嫌な顔 その一瞬に 花が見えた 顔を上げて歩いて きれいな目をしているから 泥もゴミも蹴散らして 海を割ったモーセのように 花をかかげて歩いて おそろいのTシャツで おそろいの制服で おそろいのドレスで おそろいの喪服で おそろいの経帷子で くるまれた花 不機嫌な今日を歩く それぞれの花

コガネムシ(2018.7)

一匹のコガネムシが 仰向けで 脚をばたつかせていたのを さり気なく爪先で表に返してやろうと 身構えていたのに 電車の扉が開いた途端に忘れて 乗り込んでしまった わたしがしでかしたこと わたしがしなかったこと どちらの罪が重いかを ときどき 秤にかけてみるが わたしに秤を裁く手が見えないように コガネムシにもわたしは見えないのだ

憑依(2018.10)

紅茶に浸したマドレーヌでも 酸っぱくて苦い溶接の火花でも なんだっていいのだが それをよすがに湧きたってくる たいていは厄介な思い出を 深々と打ち消すために 日々静かにたたかっている それなりに壮大なる人生を こっそり繰りひろげている 昼間の公園で 夜の学校で 桜の花の匂いが 降りしきる花びらが わたしに思い出させるのは 誰かが風に刻んだ記憶 わたしではない誰かが この木の下で泣いたのだ 紅茶の中でほろほろと 崩れ落ちるマドレーヌ 耳にも熱い溶接の火花 かつて川だった道を 桜