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Moon sick Ep.19


その後、しばらくすると講義と合わせて指導係となった先輩について、対象者の動向を監視する研修が始まった。

この対象者とは、月の記憶を持つとされる月人と言われる人々のことを指している。

指導係の先輩は、現役で対象者の監視を行っている職員があたり、監視役としての実習を行うのだと説明された。

まるで探偵のような仕事だなと思った……。
そんな仕事を満月が近づくたびに繰り返していた日々の中、対象者たちが、月人なのか否かをどうやって見分けているのか、一度、指導係の先輩に聞いたことがあった。


「そりゃあ、見てればわかるよ」

先輩は、この研修生は、なぜこんなあたりまえのことを今更聞くのかとでもいうような表情を、一瞬浮かべただけで、結局何も教えてはくれなかった。ただ、もう一度「ホントにね……見ていればわかる」と繰り返しただけだった。

見てればわかると言われても、その日、対象者だと教えられた少女は、至ってどこにでもいる普通の子にしか見えなかった。

……いや正確にはどこにでもいる普通の子と言い切ってしまうのは、少し語弊があったかもしれない。

彼女は、大勢の中にいても目を惹くほどに白い肌をしていた。ありえないことに、暗闇の中に立っているはずなのに、まるで、ぼんやりと自ら白く発光しているかのように見えるのだ。それが月夜の晩なら、さらに際立つ。

「光ってる…… 」

満月の月明りの中を歩いていく彼女の後ろを一定の距離をとって歩いていた僕の口から、無意識の内にポツリとこぼれた僕の言葉を拾って先輩が言う。
 
「きれいな子だろ?」
「えっ?はぁ……あのっ、なんか、気のせいか、あの子光ってるように見えません?」
「肌が透き通るように白いからさ…月の光が反射して発光しているように見えるらしいよ」 
「だけど、そんなことって、あるんですか?」 
「あるんだよ。月人を例える言葉に、輝くように美しいってあっただろ?あれって、こういう意味らしいよ」

そういえば、講義を受けている時、そんなことを言われたような気がする。確か、あれは、「かぐや姫」を題材にした講義だった…‥。でも、それは、単なる比喩のようなことだと思ってたから……。

そう言われて、もう1度、彼女をよく眺めてみた。白い肌は、まるで陶器を思わせるような滑らかさで、白く輝いている。

僕は、姉のことを思い出していた。

手を伸ばして触れた頬。
目を閉じる姉。
そのまま指を滑らせると
柔らかい輪郭に沿って
なめらかにスルスルと
指が滑っていった

「ちょっと見惚れ過ぎじゃね?」

その声に振り返ると、先輩がニヤニヤしながら僕を見ていた。
「別にそういうんじゃ……」
先輩は、にやにやした顔のまま、否定しようとした僕の肩を、強引に組んでくる。
「まぁ、最初は、みんなそうなるから!」 
「そうなるって?」
「う~ん……誤解を恐れずに言えば、ちょっと好きになりかける?ってのが1番近いかな」
「別に、好きになんてなってませんよ!
大体、今、初めて会ったんだし!」
「だけどさ、目が離せなくなっただろ?」
「そんなことは……」
「だけど、声掛けるまで、結構見てたよ」
「そんなには……」
「自分では、気がつかなかった?」
「集中して見ちゃうと時間忘れて見ちゃうもんね」
「えっ、そんなに…?」
先輩の顔を、もう1度振り返った瞬間、先輩が吹き出した。
「は?」
「いや、ごめんごめん!朱崎君もそんな顔するんだなと思ったらさ…」

そう言って謝ってはいるものの、まだ必死に笑うのを堪えているのか、肩が震えている。

「僕が、どんな顔してたっていうんですか?」

何も知らないくせに…と思うと、無意識に口調にいらだちが混じり始める。

「いや、君、あんまり表情とかも変えないじゃん!クールっていうのかな?だから、そんな顔するなんて、意外だったもんだから!」
「からかわないで下さいよ!」
「……別にからかった訳じゃないよ」
「じゃあ、笑いをこらえるの、もうそろそろやめて貰ってもいいですか?」
その瞬間、先輩は盛大に吹き出した。

「いやいや、別にからかってたわけじゃないからね」
「ウソですよね?絶対楽しんでましたよね?」
「そんな訳……」
「笑い堪えながら言うの止めて貰っていいですか?」
「ははっ……」

先輩が、乾いた笑いで少しだけ笑った後、ふいに沈黙がやってきた。
思わず口調が少し砕けた感じになってしまっていたことに、自分でもハッする。

「何それ?そっちが素?」
「えっ?」
「礼儀正しいけど、掴みづらい子だなって印象」そう言って、僕の方を指差してくる。
「でも、そっちが素?」
「どっちが素とかは……自分ではよくわかないです」
「ふ~ん、まぁ、朱崎君、基本素直そうだし、どっちでも問題はないけど……」
それだけ言うと、先輩は、また歩き出した。

数十メートル先を、対象者の少女が歩いている。つかず離れず、サラリーマン風の同僚といった風の先輩と僕は、後からついていく。

どっちでも問題はないけど……。

たぶん、そこまで深い意味はなくて、先輩は軽い気持ちで言った言葉なんだと思う。だけど、たったそれだけの言葉を投げかけられただけで、不思議と気が楽になっていることに自分で驚いていた。 

対象者が何も起こさない日には、ぶらぶらと後をつけて歩くだけの仕事になるので、僕と先輩は、サラリーマンの同僚さながらに、他愛もない世間話をしながら歩くことが多かった。

最初の印象どおり、先輩は、結構話しやすいタイプの人だった。恥ずかしながら、僕には、肩の力を抜いて話せる友人があまりいなかったから、先輩の存在のような、何でも話せる人が、自分の身近にいるということが、こんなにも心の支えになるというのとに、今更ながら、自分に驚いていた。

【御礼】ありがとうございます♥