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Moon sick Ep.17

ひさしぶりに会った友人は、スーツを着ていた。少し緊張しながら、声を掛ける。友人は、帰りの飛行機の時間までを、俺と会えないかと思って連絡してきたらしかった。

「まさか、こっちに来てるとは思わなかったよ」と伝えると、
「こっちで仕事があったからな。ついでだ、ついで!」と、笑いながらそっけなさそうに答えた。 

「こっち来るんなら、前もって連絡くれれば良かったのに…」
「ああ、でもこういう方がサプライズっぽいだろ?」
「別にサプライズとか求めてないんだけどね」
「まぁ、実際、会える時間ができそうかどうかってのは、はっきりしなかったからさ。会えるって言っといて、もし会えなかったら、がっかりするだろ?」
「がっかり?」 
「そう、がっかりさせたら、かわいそうだからな。あえて、言わなかったんだ」平然とした顔で、そんなことを言う。
「そうか……」
「そうだ」
そのまま、しばらく堪えていたが、我慢できずに吹き出してしまった。

「いや、絶対嘘だよね?時間余ったのを、持て余して、連絡してきただけだよね?」
「違うって、まじで全然違うって!むしろ、仕事の方がついでと言ってもいいくらいだし!」
大笑いながら、否定してる時点で、ビンゴだ。
「まぁ、でも、せっかく近くまで来たんだし、会いたかったのはホントだけどね」
こういうことを急にサラッと言われると、なんだか恥ずかしくなってきてしまう。
「それは、どうも……」
「いえいえ……」


この友人は、同じ天文部で、しかも3年間同じクラスだった。高校の思い出を思い返してみると、大抵の思い出の中に、この友人がいる。あの天体観測の夏合宿の時にも、一緒に夜空を眺めてたのが、ついこの前のことのように思い出せた。夏合宿で倒れた時、気がつくまで付き添ってくれたのが、この友人だった。

それから会わなかった時間のお互いの話や、同級生たちの近況などを聞いたりして過ごしてるうちに、あっという間に、時間が経ってしまった。

飛行機の搭乗手続きの時間が迫って来て、空港へと移動した。電車に並んで腰掛ける。
真向かいの窓から、流れていく風景を眺めながら、
「今日は、ありがとう。まさか会いに来てくれるなんて思わなかったよ」と、俺は、ようやく切り出せた。

改めて言うのは照れくさかったけど、実際、こうして会いに来てくれたのは、かなりうれしかったので、感謝は、言葉にして伝えておくべきじゃないかと思ったのだ。
「だって、おまえ全然帰ってこないから……」
友人も、窓の外に流れていく風景を眺めながら、つぶやくように言った。
「うん……」
「たまには帰ってこいよ」
と不意打ちで、ボソッと言われた。
「ああ、うん、そうだね」
と笑いながら答えたつもりだったが、
「ほらっ、その顔な!」
と、急に指を差された。
「えっ?何?」
「おまえが、そういう愛想笑いする時は、言ってることと違うことを考えてる時だから!バレてないとでも思ってたのか?」
「愛想笑いって……」
「愛想笑いだろ?」
お互い、そっから、しばらく黙り込んだ。
気まずい空気が流れる。

『最悪だ』そう思った。
しかも、別れる間際になっての、この空気は耐えられない。そう思っていた時、
友人が急に「ああ〜」と大きな声を出しながら、頭を抱え込んだ。

「えっ、何?」
「最悪だ」
「えっ、ごめん」
「いや、そうじゃなくて……」
友人が、きちんとセットされていた自分の頭をぐしゃぐしゃにかきむしった後、起き上がった。
『出張中なんでしょ?いいの?その髪型?』と思うような乱れた髪型で、こっちを振り返ってくる。

「何?」
「やばい、間違えた…」
「何を?」
「言い方」
「何の?」
「切り出し方」
「えっ?」
「おまえに、たまには帰ってこいって説得するつもりが、完全に間違えた」
「説得って、なんで説得すんのさ?」
「そんなの、盆も正月も、成人式の時も、おまえが全然帰って来ないからに決まってるだろ?」
「ああ、うん、そうだね。ごめん」
「なんかあんのか?」
「なんかって?」
「だから、帰って来ない理由だよ」
姉の顔が、頭をよぎったが、すぐに打ち消した。
「何もないよ」
「ほんとに?」
「うん、学生ん時はバイトやらが忙しくてさ。仕事始めてからも、落ち着いたら帰るつもりが、ずるずるとこんな風に、伸びちゃっただけだよ」
「まぁ、そんな理由なら、安心するけど……」
「他に、どんな理由があるっていうのさ?」
「いや、それはわからないけど、何かあるのかもって、俺が勝手に心配してただけだよ」
「心配してたんだ?」少し驚いた。
「そりゃあ心配するだろ?でも、まぁ、顔見たら元気そうで安心したけど……」
「うん、たぶん、その内、帰るつもりではいるよ」
「じゃあ、帰って来たら、みんなで会おうぜ!」
みんなとは、天文部のメンバーのことだ。
「そうだね。連絡するよ」
今度は、愛想笑いじゃない笑顔が、自然と出たと思う。

空港の売店で、こっちで有名な和菓子なんかを選んでやり、手土産に持たせると、お互いになんだか照れくさくなって、にやにやしてしまった。

そして、友人は、そのにやにやした顔のまま、手を振りながら去って行った。
友人の後ろ姿が見えなくなって、手をおろし、笑顔から、素の顔に戻ると、俺は急に悲しくなっているのに気がついた。なぜ、こんな気持ちになるのかわからなかったけど……。

友人の乗った飛行機が、飛び立つのを見送った後、自宅へ戻る電車の中で、俺は、無意識の内に、泣いていたようだった。

小さい子どもが、母親に大きな声で
「ママ、あのお兄ちゃん泣いてるよ」
と言っている声が聞こえて、初めて自分が泣いてることに気がついたくらいだ。

慌てて、涙を袖口で拭うと、俺は窓の外を振り返った。窓の外には、慣れしたんだ、この町の景色が広がってる。

俺は、たぶん、あの町には戻らない。

自分の進む道を決めた時から、それは揺るがない誓いのように、俺の中に横たわり続けるのだった。

【御礼】ありがとうございます♥