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ヒーリング ・キャット ころな

1

朝。
 
新興住宅街の家。
 
陽子の部屋。
 
陽子「寝てる間に、"ころな"が、また脱走した! 
   昼には帰って来るだろうけど…。
   "頭のいい猫"だからね、ころな。
   "アビシニアン"だし」
 
キッチン。
朝食をとる陽子。
 
陽子「お母さん、アタシ、イギリスに行ってくる」
 
圭子「一体、お金、どうするのよ? 持ってるの?」
 
陽子「定期預金を解約して、30万持って行く」
 
圭子「その間、"ころな"を、どうするの?
   あんたが、面倒をみるっていうことで、
   飼い始めたのよ」
 
陽子「"ころな"も、一緒に、連れて行く」
 
圭子「えー」
 
陽子「アビイ・ロード・スタジオも見に行く! 
   リバプールにも行く!」
 
圭子「大したものね」
 
陽子「そうかなぁ?」
 
圭子「あんた、"リバプール・サウンド"、"リバプール・サウンド"
   って言ってるけど、そんなにいいものなの?」
 
陽子「大好きなの!!、リバプール・サウンドが! 
   絶対、イギリスに行ってやるからね。今年中に、アタシ!」
 

2

日曜日。
 
キッチン。
陽子と母・圭子が朝食をとりながら話している。
 
陽子「"ころな"の名前つけたの誰だったっけ?」
 
圭子「お父さんよ!」
 
陽子「そうだった! そうだった!」
 
圭子「お父さんが亡くなる、ちょうど一年前よ。
   ころなが来たの」
 
陽子「"ビールの名前"だったわね、確か」
 
圭子「そうそう。
   お父さんが飲んでたビールの名前!」
 
陽子「でも、お父さんだけは、"ころな"とは呼ばずに
   "ころ"、"ころ"って呼んでたわね!」
 
圭子「そうだった。そう呼んでたわ」
 
陽子「あの頃が一番たのしかった!」
 
圭子「ころなも、まだ小さくて可愛かったしね」
 
陽子「そうだったわねー」
 
圭子「まさしく、"ヒーリング・キャット ころな"ね!」
 
陽子「みんな、ころなに癒されるわけよ~!」
 
圭子「ホントね」
 
陽子「お父さんの"一周忌"だってことよ!」
 
圭子「ヤバイ! 忘れるところだったわ! 
   明日、忙しくなるっ」
 

3

翌日。
晴。

圭子と陽子の家。

圭子「陽子、今日は、休んで!」

陽子「もちろんよ! もう電話をかけたわよ!」

墓地。
人が多い。
ある墓の前。

圭子「お父さん、久しぶりに会いに来たわよ!」

陽子「お父さん、私もよ!」

圭子「お父さん、いつもタイミングが良かった。
   亡くなるときも、ちょうど彼岸の入りで…」

陽子「暖かくなるころねー」

圭子「"ころな"も連れて来たわよ! 
   お父さんが、喜ぶと思って!」

陽子「お父さんだけが、"ころな"を、
   "ころ"、"ころ"って、呼んでいたわね」

圭子、陽子のほうを向いて、
圭子「お父さん、ひょっとして、犬が飼いたかったんじゃない?」

陽子「そうかもねー」

圭子「"ころ"じゃ、まるで犬の名前だものね」

陽子「ウチで初めて飼うペットだったから、
   お父さん、大喜びだったー」

圭子「草むしりから、始めるね、お父さん」

陽子「"ころな"の"お砂"も持って来てあるから、
   安心して、お父さん。
   決して汚したりしないわよ」

草むしりを始める陽子と圭子。
ころなは、座って、2人を見ている。
カワイイ。

圭子「やっと終わった!」

陽子「終わったわよ、お父さん!」

圭子「ころなの名前にちなんだビールも、
   ちゃんと持って来てあるわ」

陽子「1ダースも!」

圭子「酔っぱらっちゃうかな? お父さん!」

2人で、墓にビールをかける陽子と圭子。

圭子「美味しいでしょ? お父さん!」

陽子「次のお彼岸にも、また来るからね。
   バイバイ、またね!、お父さん!」
 

4

イギリス。
ロンドン。

空港。

陽子(やっとイギリスに着いた!
   私の英語、通じるかなー?
   とにかくタクシー乗り場に行ってみよう!)

陽子「Please go to Abbey Road Studios!」

ドライバー「O.K.」

陽子「通じた!」

窓の外を見ながら、
陽子「ここかー」

「Thank you」
と言って、お金を払う陽子。

陽子「あった、あった。
   例の横断歩道!」

アビイ・ロード・スタジオの前の横断歩道まで来る陽子。

陽子(ここで、"ころな"と写真を撮るのが夢だった!)

道歩く人に頼む。
陽子「Please take my photo!」

英国人「You and your cat?」

陽子「Yes!」

英国人「All right」

陽子「ころな、出ておいで」
と、ころなを猫ハウスから出す。

ところが、
ころなは、横断歩道へ行かずに別の方へ行く。

陽子「ころな!」

陽子と同じように、
猫を連れた日本人の男がいる。

その人の方へ、ころなは、走って行ってしまう。

陽子「ころな、帰って来なさい」

男の猫ハウスへ入ってしまうころな。

陽子「ダメでしょ。ころな」

田中「ああ、ヤっちゃった。
   俺の猫もアビシニアンなんだよ」

陽子「そうなんですか」

田中「ヤっちゃったみたいだね!?」

陽子「オスなんですか?」

田中「そうだ」

陽子「ころな、メスなんです。困ったなぁー」

田中「ヤっちゃったものは、しょうがないよ!」

陽子「お名前、何て、おっしゃるんですか?」

田中「田中。田中文平」

陽子「私、横永陽子って、いいます」

田中「陽子ちゃんね」

陽子「子猫ちゃんがデキたら、お譲りします」

田中「ありがとう」

陽子「後で住所を教えてくださいね」

田中「うん。後でネ!」
 

5

アビイ・ロード・スタジオ近くのカフェで――。

田中と陽子が、カウンターに並んで座って、
"コーヒー"を飲んでいる。

陽子「猫、何て名前ですか?」

田中「オビタ。
   "帯に短したすきに長し"」

陽子「面白い名前ですね!」

田中「陽子ちゃんの猫は、どうやら、"ころな"っていうみたいだね」

陽子「そうです」

田中「俺も”オビタ”と横断歩道で、写真を撮るつもりだったんだよ」

陽子「ビートルズのファンなんですか?」

田中「もちろん!」

陽子「アタシもなんですー」

田中「これ、俺の名刺!」

陽子「"グラフィックデザイナー"をやってらっしゃるんですか?」

田中「そうだよ」

陽子「何か、格好いいですねー」

田中「知ってる? 
  『アビイ・ロード』のジャケットと、
  『ホテル・カリフォルニア』のジャケットを作ったデザイナーは、
   同一人物なんだよ!」

陽子「え、そうなんですか」

田中「そう!」

陽子「知らなかった」

田中「デザイナー冥利に尽きるよね」

陽子「そうですねェー」

田中「俺も"LP"の時代に、デザインしたかったよ」

陽子「デザイナーの憧れですね」

田中「大憧れ!」
 

6

アビイ・ロード・スタジオ近くのカフェに、
まだいる二人――。

話している。
"コーヒー"は、二人共、飲み終えたようだ。

陽子「アタシは、探偵のアシスタントをやってるんです」

田中「すごい経歴ダネ」

陽子「早く一人前の探偵になるのが夢なんですー」

田中「探偵か。メチャクチャ格好いいネ」

陽子「定期預金を解約して来たんですよ、アタシ」

田中「30万ぐらいには、なったか?」

陽子「鋭いですねぇ。ちょうど30万です」

田中「やはりネ」

陽子「リバプールにも行くつもりで来ましたから」

田中「飛行機で寝れた?」

陽子「ころなが心配で一睡もできなかったですー」

田中「俺もダヨ!」

陽子「子猫が、ころなにできたら、
   やっぱり欲しいですか?」

田中「それは、もういいよ」

陽子「いいんですか?」

田中「陽子ちゃんが飼えばいいい」

陽子「ありがとうございます」

田中「生まれるとイイネ!」

陽子「ぜったい生まれますよ!
   二発もしたんですから――。
   品ないですかね? 私」
 

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