見出し画像

美菜のお父さん

夏。

朝。

美菜と香の家。マンション。

美菜は、中学1年生。

母・香「よろしく言っといてね」

美菜「わかった」
 

駅前。

美菜「お父さーん」

父・保「お、美菜」

美菜「やっぱり、先に来てた」

保「どうする? 遊園地にでも行くか?」

美菜「このあいだね、英語の小テストで、be動詞を空所補充する問題が出たの!」

保「答えになってないけど、それで?」

美菜「 your father が主語の文の動詞に are って書いちゃったの。
    your father は“三人称”だから、is なのにね!」

保「“三人称”って言葉、なんか“他人行儀”で嫌だな」

美菜「カラオケがいい!」
 

カラオケ・ボックスの中。

保「カラオケ・ボックスかー。最近は、ワイヤレスマイクなんだな」

美菜「お父さん、“接待”とかで、よく来てるのかと思ってた」

保「今の中学生が、何、歌ってるのか知らないぞ!、お父さん」

美菜「“Greeeen”よ」

保「ああ、センバツで行進曲になったやつか」

美菜「知ってるじゃないー」

保「お父さん、野球のことは知ってるんだけどな」

美菜「お父さん、何、歌う?」

保「久保田利伸だ。“Olympicは火の車”入れてくれ」

美菜「え? スペルが分からない…」

保「おい、おい。ちゃんと勉強してるんだろうな!」

保、立ち上がって歌っている。
上手い。

美菜「お父さん、90点! うまーい。
   じゃ、次は私の番」

イントロが流れ出す。

保「“今井美樹”じゃないか?!」

美菜「お父さんに合わせて、選んだの」

美菜、マイクで、
「美菜が心を込めて歌います!」
と言う。

イントロが、まだ、かかっている。
美菜「お昼、スパゲティがいい!」

保「スパゲティにしよう」

美菜が、“瞳がほほえむから”を歌い出そうとして――。
 

昼。カフェ。
テーブルには、全て、たいらげた、お皿。

美菜、椅子の背もたれにもたれて、
「あー、お腹いっぱい」

保「ピザはともかく『パフェ』まで食べるとは思わなかった――」

美菜「女の子は、そうなの!」

微笑んで、コーヒーを飲む、保。
 

夜。レストラン。

保「美菜、学校では、何て、呼ばれてるんだ?」

美菜「“美菜”って呼ばれてる――。
   でも、男子には“桜木”って呼ばれてる――」

保、少し哀しそうに、
「そうか、今は、“桜木”だったな」

美菜「でもね、でもね。もう少したったら、“ミーナ”って呼ばれる予感がするの!」

保「そうか…」
店の人に、
「お勘定、お願いします。それと美菜には――」

美菜「“お小遣い”なんかいらないから、あと一時間、一緒に居たい!」

保「美菜…。
  じゃ、あと、コーヒー、一杯だけ、飲もうか?」

美菜「やった!!」
 

ビル街の坂道を、ひとり泣きながら下る美菜。

マンションのドアの前。
涙をきっちり拭いてからドアを開ける。

香、キッチンで洗い物をしている。

香「お父さん、どうだった?」

美菜「んー。普通だった」
と言って、キッチンのテーブルに座る。

美菜に背中を向けたまま、洗い物をしつつ微笑む母・香。

(保「次に会うのは、半年後だな?」)

美菜、また、少し、涙が出て来て、左手で両目を拭う。

「あーあ」
と言って、頬づえをつく美菜。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?