薬物依存症をめぐって思い出すこと

薬物依存症をめぐって思い出すこと

Hiroko Arakaki

高校生のとき。インターネットをダイヤルアップ接続でやっていた2000年前後、まだ検索してもヒットしない単語がけっこうあった時代に、『だれそれのホームページ』的な趣味サイトのリンクをたどって行き着いた、ある男性のケータイ日記があった。

タイトルもなく、誰に向けるでもなく、誰が書いているかもわからない、本当に白い画面に黒い文字だけの、PCではなくガラケーで打っているであろう日記。時々投稿のない日や、数行の日もあった。なぜ読み始めたかはわからないが、読み進めるうちに日記の主は覚せい剤の依存症であるということがわかった。時を経てもう内容を細かく思い出せなくなってしまったが、自己嫌悪、感謝、反省、ぼやき、決意、などなど率直に綴られるその言葉には共感するところが多く、『この人は私となんら変わらない、同じような感覚の人だ』と感じていた。

その人は自分で覚せい剤を断とうとしていた。しかし、上手くいかなかった。
縁を切ったはずの売人が家を訪ねてきてビニール袋に入ったクスリを目の前に出され「自分の手が反射的に掴んでしまった」と書かれていることもあった。
脱水したり、何日も部屋でのたうちまわったり、虚脱感に襲われ動けなかったりする時期をしばしば経ながら、自分に言い聞かせるように「絶対にやめてやる」と繰り返し、その離脱反応に耐えて普通に働き生活を取り戻そうと幾度も試みていた。しかしある日、職場の同僚が彼が覚せい剤の依存症であることを上司に告げたことで呼び出され、解雇を言い渡されてしまう。
ほどなくして日記は更新が途絶えた。「こんな俺にも、他の人と同じように太陽の光と酸素が与えられているんだ」という言葉が終盤に綴られていた。

読みすすめる中で、もし日記の主と話すことがあったら普通に話のできる友達になれただろうと、そして環境が違っていたら私はこの人と同じになっていたかもしれないと感じていた。
薬物乱用は、一度の過ちで始めようがむろん犯罪であることに変わりはないのだけれど、あの日記がもしフィクションでないならば、日記の主に犯罪者とだけレッテルを貼ってそっぽを向くことは私はできそうにないと思った。犯罪者、という言葉がおよそ似つかわしくない、きちんとした毎日の生活をもう一度取り戻したいと願い必死に頑張っているひとが、一度の過ちがきっかけで二度と這い上がることのできない社会なら、そんな社会は倫理的でないし間違っている、と強く思った。

それで、家族やまわりの人間に上記のようなことを伝えたところ、返ってきた反応は「自業自得でしょ」「なんで自分がそんな犯罪者と一緒だと仮定しようとするの?」と一様に冷ややかなものだった。私の伝え方が下手だったのかもしれないが深くショックを受けたのを覚えている。薬物依存症だと判明したならば、その理由がどんなものであれ、そのひとには手を差し伸べることはない、というみんなの意識が痛いほどわかったからだ。やはり私は『そんな社会』にいたのだと思った。自分がもし何かの間違いで薬物依存症になってしまったら「犯罪者」といって縁を切って断絶されるのだろうか。

その後いろいろ調べたりするにつれ、この国にも薬物依存症をサポートするシステムが存在することを知り、薬物依存症患者をサポートしてきた医療関係者にも出会った。その度に、あの日記の主が早くダルクを知っていたら、とか、こういうひとと出会っていたら、などと思った。どうか生きていて、サポートを受けながら回復の過程にあってほしい。

そんなことを、数日前、TBSラジオの荻上チキ・Session-22を聴いていて考えた。【全文書き起こし】田代まさしさんが語る、薬物依存症の実態と必要な支援とは?【音声配信】 

荻上:よろしくお願いします。今、医療につながることが重要だというお話を田代さん、上岡さんから伺ったんですけど、現在の日本の薬物依存症に対する医療体制というのはどうなっているのでしょうか?
成瀬:本当にこれは貧困な状況でして、日本は取り締まりについて世界でも一流といわれているんですけど、反面、治療とか依存症になった人の回復支援については、三流以下と言わざるを得ないような状況です。
荻上:三流以下?
成瀬:例えば、薬物依存症の専門医療機関は全国でも10か所程度しかないんですね。
荻上:全国でですか!?
成瀬:この20年間ほとんど増えていません。さらには、薬物依存症を専門に治療している精神科医っていうのは、我が国に精神科医が何万人といるなかで、10人、20人っていう、本当に医療システムも無きに等しいような状況が続いているんですね。でも、海外の先進国に比べて、例えば違法薬物の生涯経験率、一生に一回でも違法薬物を使ったことのある人の率というのが、欧米に比べて一桁は低いんですね。それだけクリーンな国であるということですけれども、我が国は取り締まり一辺倒で対処している稀有な国でもあるんですね。ですので、日本では薬物依存症者は完全に犯罪者だとみていて、病者である視点というのが著しく欠けている、そこが問題だと思います。

おそらく、私が16年前に薬物依存症者に向けられる眼差しに感じた絶望的な違和感は今でも変わることなく日本社会に通底しているのだと思う。
上の引用の最後、成瀬暢也先生の言葉にある「病者である視点」を私たちはどれだけ当たり前のものとして持てているだろうか。

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Hiroko Arakaki

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Hiroko Arakaki
沖縄の音楽家、シンガーソングライター(ピアノ)。Ninupha Music ✉︎hirokoarakakimusic@gmail.com