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じぶんの勘を、大事にね。

大きなイベントが控えているので、今はそこに向けて準備中。
広報を担当している会社の建築事例がコンテストのグランプリ候補に選出され、最終審査で公開プレゼンをすることになったのだ。と言っても私は基本裏方。パワポや台本を準備して、発表するスタッフと読み合わせしながら微修正する日々が続いている。正直とても大変だけれど、すごく楽しい。多少負荷が大きいぐらいの方が、ちょうどいいのかもしれない。

そんなわけで、私も当日のプレゼンに同行することになり、ふと「何を着る?」に意識がむいた。会場は、都心の大きなホテル。案内によればかなり盛大な会のようだから、それなりの準備は必要そう。スーツや靴を出してきて、組み合わせを考えることにした。

スーツは、淡いグレーを予定。どことなく、春に向かう感じがするから。
でもこれ、インナーには何が合うのだろう。普段はタートルなんかを合わせるけれど、今回はそういうシーンじゃない様子。色は?形は?答えが出ないまま、とりあえずスーツと靴の写真を撮って、インナー探しの旅に出た。

正直、「これに合わせて」とか「このために」という、条件を絞ったなかで服を探すのは苦手だ。たいてい、計算づくで買った服は失敗する。
買う気が全くないときにたまたま目に留まったとか、友達の買い物について行ったらなぜか私の方がときめくものに出会ったとか、そういうシチュエーションの方がいいものが買える気がする。そういう服は不思議と似合うし気に入るし、「その服を持っている」という自覚が強くなる。逆に、計算づくで買った服はなんだか似合わないし気に入らない。そのうち持っていることも忘れるほどタンスの肥やしになりがちだ。さて今回は。

数軒ハシゴしたのち、たまたま立ち寄ったショップで「インナーをお探し?」と声をかけられた。すでにインナー探しに辟易としていた私は「ハイ」と素直に応じて事情を話した。未だ決まらない条件ありきの買い物、プロの手を借りた方が早いと思ったのだ。

写真を見せ、一旦丸ごと委ねてみる。「これは難しいわね。悩むのもわかるわ」と店員さん。お店にあったのは、白のブラウスと柄物のブラウス、淡いピンクやブルー、白のカットソー。自分ではどれもピンとこない。店員さんも「合わせてみないとわからないわね」とやや引け腰。それでも私を放っておけず、試行錯誤の末淡いピンクのカットソーを選び出してくれた。

「これならお持ちのスーツに馴染みそう。一枚でも着られるわよ」。
ちょっと甘口なシフォンのカットソー。甘口なだけに、“一枚で着ている”自分は想像できない気がしたけれど、あれこれ考えるのをやめその一枚を手に家へ帰った。

帰宅して、スーツに合わせてみた。
甘い。
スーツに合うといえば合うけれど、印象としてはだいぶ甘い。なんとなく、自分の感覚とは離れているような。うーん、と悩んで、試しに「インナーどうしようか問題」に付き合わせていた夫に写真を送ってみた。
するとしばらくして、「らしくない。とオレは思う」との返事。ガクンと膝が折れた。

ハンガーにかかった服を眺めながら、「だよねぇ」と呟く。本当は、お店の人に聞く前からわかっていた。どうも違うということは。なのに、面倒が先に立って自分のアンテナで探すのをやめてしまった。人任せにすれば自分の感覚とズレて当然。
人を巻き込み、時間を取らせ、本人的にもイタイ出費。結局、スッキリしない結果になった。

改めて、「勘って嘘じゃないな」と思う。
想像するに、「勘」はその時の自分の感覚に沿って働く機能なのだろう。ある方が、「脳は自分に必要な情報を集める働きがある」と言っていたけれど、勘は、そういうもののひとつかもしれない。

あと3日。インナーどうしようか問題は依然解決していない。
こんなことしている場合じゃないのにと嘆いていたら、見かねた夫が「寒色系は?」と言った。そういえば、かつて計算づくで買って以来着たことのないくすみ系ブルーの服があることを思い出し、箪笥の奥から引っ張り出して合わせてみた。
合う。今の自分の感覚にも合っている。なんだ、買わなくてもよかった。この服を持っている自覚がなさすぎてすっかり忘れていた。
こうして突如、インナーどうしようか問題は落着した。

考えてみれば、私は基本裏方。今となれば何をそこまで悩んでいたのかと馬鹿らしく思えてくるけれど、それでもやっぱり、気分良くそこにいたい。そういう意味では、自分の今の感覚に合っていたのは甘口ではなくシャキンとした感じだったのだろう。

いつか、淡いピンクがちょうどいい感覚になる時がくるかもしれない。それまでちょっと、タンスの中でお待ちくださいね、淡ピンクさん。
さて残り3日、頑張ろう。


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