日常エッセイ

パンク
むしゃくしゃすると自分の髪を切る癖がある。むしゃくしゃ真っ只中だった高校時代、芸能人ばりに週二ペースで整えていた。もっとスポーツとか他の方法で発散すればよかったのかもしれないが、私にとって新聞紙を広げてすきバサミでカットし、短い毛が首にこびりついてシャワーで落とすまでが一連の儀式であった。ちょうど上下するだけの同じ型に飽きていた頃、たまたまウルフカットというのを知った。ウルフカットとは狼のような無造作ヘアをした攻めのスタイルであるが、可愛い女性がそれをすると甘辛くいいバランスになる。数日前にみた映画「少年メリケンサック」の影響もありパンクな感じに惹かれた私は、早速ハサミを取り出し全体像を思い描きながらシャギシャギ切った。週二のセルフカットのおかげで気分だけは美容師な私は仕上がりを楽しみに鏡をみてみた。うん、確かにウルフである。にっこりと甘く笑ってみたが甘辛とは程遠く、絶滅したと言われている日本狼に見えた。タテガミが目立ちすぎたせいなのか、確かにまあパンクになった気はするけれど。

続パンク
最近は起きても夢をよく覚えているせいで、夜も昼も生きている気がする。そのため一日が二日に感じて疲労気味だ。私の夢には今まで、イケメン俳優からお笑い芸人までたくさんの人が登場してきた。昨夜は好きな芸能人の汗が私に滴る夢を見たのだが、朝起きるとどこも濡れていなかった。
先日あるパンクバンドのライブに行った。金髪のベースがメインボーカルで、ギター、ドラムで構成されていてみんな多分四十代くらいだった。音楽の好き嫌いは素直であるから自分の好きに対して誰も疑わないし、それに対する感性はみんなそれぞれ優れていると思う。だからこそ、そのバンドの歌い出しからこれ界隈は自分の好きだとすぐにわかった。周りにいる人たちに混ざってみるがうまい揺れ方がわからないままなんとなく動いていると初めて聞くのにずっと自分が欲していた曲な気がしてきた。音が来て欲しいところについてくるので即効性のある好きで溢れる。あれから毎晩毎晩彼らの音楽を振り返りながら眠っている。今日は夢に出ますようにと検閲官にお願いする。いつでも彼とどうこうなる準備はできているのに寝ても覚めても夢を見ない。

喫茶店
図書館で勉強するのが苦手だ。シャーペンの音だけ妙に耳について鼻歌も口ずさめない。みんなで勉強しましょうゾーンの机に座っていると空気が滞って風邪をひきそうな気がするから私の勉強場所は専ら喫茶店である。
ブラックコーヒー片手に本を持てば喫茶店スタイルは完璧だ。テーブルごとにひっそりと喋っているカップルやおばさま方の会話を怪しまれないで聞くことができる。私と同じようにブラックコーヒーを飲んでいるあの人は何の仕事をしているんだろう、と鏡ごしに目が合った気がしたけれど何も起こらない。喫茶店は店主の色がかなり出るから音楽や家具などにも違いが見える。先日うるさい友達と静かな喫茶店に入ってしまったとき、筆談で会話を進めた。文章でも伝えたい思いが多いのか私が一ページ分に伝えるのに対し、彼女は四ページ分書き殴っていた。口語調から文語調になっているのも面白かった。
斜め向かいの席の人を観察したり、自分の会話が聞かれるのが嫌だったり、今日は寒いからココアもいいなと思ったり、それぞれの席ごとの空間で思い思いに過ごす。しかし自分の時間を過ごすことで喫茶店に加担してしまっているんだ。それに気づかず私はコーヒー片手に今日も江古田のブナに行った。喫茶店の内部を見たら、ああ、あの人溶け込んでるじゃんって思われるんだろうな。

自信
下の毛を全部剃ってみた。試しにやってみると、自分が一気に可愛く見えて自信が出た。まだこんな愛しい部分があったんだねと優しく触れた。銭湯では、あの人大人なのになんで毛がないの、と子供に言われた。子供よ、大人になればわかるよ。毛がないだけで、こんなにも開放的なれるなんて不思議。

隠語
昔、近所に住んでいる友達とリカちゃん人形でよく遊んでいた。加えて家にはボーイフレンドのカケルくんがいたので、小学校の低学年の大半をその二体で遊ぶことに費やした。友達のみさちゃんはカケルくんの役を毎回やりたがり、しかも絶対にリカちゃんがキャバ嬢で、カケルくんがその店に通う客という設定で行った。
カケル「今日もきちゃたよ。カーニバル」
(親にバレないように、キャバクラをカーニバルと呼んでいた)
リカちゃん「もう、カケルさん。いつもありがとうね。チュ」
みさちゃんは、直接言いたくない言葉は全て隠語で表した。キャバクラをカーニバルと言ったり、 ナイスバディ→エターナル ご指名→スクリームなどである。小学校低学年が格好いいと思うカタカナ英語を適当に当てはめただけなので意味や繋がりは特にない。私もみさちゃんに合わせてそのように呼んでいた。
あるとき、麻薬防止教室というものが学校で開かれた。一人の有識者がきて麻薬の恐ろしさを口頭で説明するのだが、再現VTRの映像でより一層麻薬について学ぶというものがあった。その中で、薬をばらまく売人は、覚せい剤→スピード 大麻→チョコ と呼んでいるシーンがあり、まさに私たちのリカちゃんの中の世界だった。私たちがやっていたことは間違っていなかったのだと自信がついた。翌日からはチョコのことを大麻と呼ぶようになった。
今では高校と大学が離れてみさちゃんとは会う機会が少なくなった。もし今度会ったら伝えなきゃ。私インドでチョコラッシーを飲んだよ。


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