町工場の社長から受け取ったものを(2020/4/30)
ガシャン!プシューーガシャン!プシューーガシャン!
町工場に響く板金加工マシンの規則的なノイズ。
しかし、マシンの舞台上に板金は置かれてはいない。
「電源を入れてやるだけですよ、一度立ち上げたら帰ります」
社長はマシンの加圧スイッチやレバーを手際良く操作しながら、苦笑いを浮かべた。4月中旬以降、発注はぱたりと止まった。加工前のすべすべの板金が手付かずのまま積み置かれている。マシンは60時間放置すると、すぐに立ち上がらなくなるそう。町工場に発注と活気がいつ戻ってもいいように、社長は毎朝、誰もいない工場のシャッターを開けて、電源だけ入れたら、誰もいない工場のシャッターを閉める。
マシンを泳がせている間、社長は油まみれのツナギの上半身だけ脱いで、助成金の申請書類と戦う。読めど読めど何をどう申請したらいいのか、そして申請すれば果たして工場を守れるのか、わからない、わからない。でも休業中の従業員のために読み続ける。わからない。
きっと、僕が見てきた町工場の静寂も、不況下ではありきたりな景色のひとつ。どんなに切々とした原稿を書いても、世界中を覆う不幸の中に埋もれていく。ただ僕には、見てきたものを書く責任がある。まだたぶん、僕には発注がある。社長から僕が受け取った現実を、なんとか言葉に加工して知らない誰かに納品しなければならない。僕はそう信じ込み、少しでも書くことで、人々が接触を止めた世界でも何とか繋がっていたいんだと思う。