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行政官のジョブデスクリプションを考える

前回の投稿では外部の専門人材を組織内に内部化していくことで、行政組織の生産性を高めることができるのではないかということを書いた。

しかし実際に彼らが活躍するためには現在いるプロパーの行政官もどういった能力を期待されているのかを合わせて整理することが必要である。

専門人材がジョブデスクリプションをベースに採用されるとしたら、行政官についても同様にこれを定めていくことで、市場における代替性を明らかにすることができるのではないか。今、行政官にしかできないとされていることは本当にそうなのか。
今回は主に総合職の行政官をベースにそのジョブデスクリプションを考えてみたい。

総合職の行政官がやっている仕事を分解する

自分が10数年働いてきた中でどんな仕事があるか、というのを分解してみると、以下のような役割に切り分けられると思われる。

マネージャー(総括)
組織が上手く機能するように各部署やプロジェクトの結節点となり、事業運営を支えるポジション。係員、係長、総括補佐というラインになっている。事業間の調整だけでなく、チームの人材マネジメント、予算管理なども実施する。またその組織のミッションや政策全体の方向性を示すのは総括補佐の役割でもある。

プランナー(企画)
具体的に実行する政策を立案する役割。関係するステークホルダーのインタビュー、データの分析等を通じて仮説を立て政策を形成していく。企画は税制改正や法律改正、予算による事業執行など、具体的にどのツールを使うことが政策目的を効果的に実施する上で良いかを判断する。しかし現在の行政官は他の雑務に追われて企画の時間を十分に確保できないことが、ハードルになっている部分もある。

プロジェクトマネージャー(事業執行)
確保した予算、人員をマネージしながら政策の執行を行う役割。基本的にはプランナーがそのままプロジェクトマネージャーとしてその実施の責任を担うケースが多いが、ジョブローテーションとの関係で企画者と実施者が違うこともある。またこれまではこの実施フェーズが軽視されているが故に、実際の政策効果が十分発揮できていないケースもあると思われる。

リーガルマネージャー(法令担当)
行政組織は法令に基づく制度を管理、運用する。特に法律改正においてはタコ部屋と呼ばれるチームが結成され、法令改正の検討を行う。おそらく本来法令執行、改正についてもその分野の専門性を持った人材がアサインされることが求められると思われるが、現状では法令の素養がない人材がアサインされるケースも多い。

民間企業と行政組織は何が違うのか

基本的には上記に書いたようなポジションが総合職の行政官が果たしている役割である。リーガルマネージャーの仕事はそもそも法律を制定・運用するという業務自体が民間企業には無いと思うが、法をどのように自社に適用するかという観点で言えば企業の法務部門が対応関係にある部署かもしれない。

他にも以下のような違いが行政組織と民間組織の間では大きく存在すると思われる。

コーポレート部門の専門化が進んでいない
例えば企業ではHR、財務管理、広報といった機能はそれぞれの専門人材を育成もしくは外部から採用して管理を進める。行政機関ではこれらの人材の専門性というのが十分に確保されていない。

今回論じている通り人事制度のあり方について十分議論が進んでいないこともHRマネジメントが十分に考えられていないことを表している。職員の能力と意向を尊重したキャリア形成がなされず、組織の都合でリソースが足りないところに人材を充てる、といった人事がなされる傾向にある。職員のモチベーションを維持し、人材の能力を最大限引き出すにはこうした傾向を是正する必要がある。そのためにはピープルアナリティクスの導入も重要だろう。

行政組織の財務は国家予算との関係で独自なルールがあることから単純に民間人材で代替できる機能ではない。一方で企業の場合、売上や収益性を示さなければいけないため、財務が業績評価とダイレクトに紐づいており、業績まで連続した評価を行う専門性が求められる。
行政の場合、予算管理と政策評価が分断されているだけでなく、その評価のあり方に関する専門性が確立されていない。

広報についても各政策の広報はプロジェクト担当者に任されており、組織的にどのように効果的に、どの政策をPRしていくのかといった戦略がなく、どのチャネルを組合わせて発信していくかといった点の専門性もない。またインナーブランディングのように職員が帰属意識を感じられるようなコミュニケーションも十分なされていない。

国会、国民への説明責任
行政は国会に対して説明責任を負う。このため国会質問に対応することは基本的には全ての部署において要求があれば対応しなければならない。
これは民間企業で言えば株主総会に対応するようなものであるが、通常国会は1月から6月の半年、また近年は臨時国会が9月から12月の3ヶ月開催されている。つまり政策の企画、実施を行いながら並行して9ヶ月間国会に対応している。
また、国民からの情報開示請求にも対応する。このため公文書の管理についても厳格なルールのもとで行われる。

一方でこうした対応が専門性を伴うものかと言えば、一定のプロトコルを理解できれば行政官でなくても対応可能と思われる。

公益の追求
一般的には行政組織は公益の追求を行うという点で民間企業と異なるとされるが、実際には民間企業であっても社会に対して付加価値を生まなければならず、必ずしも公益の追求は行政組織だけの特殊性ではない。

公益追求のために社会ルールである法令を国民の代表による国会を通じた合意を前提として変えられること、税という形で金銭を集約し、公益のために再分配することが行政組織の特殊性と言えるだろう。

また、企業の場合は特定の利害関係者との関係性をマネージすれば良いが、行政においては社会に存在する全てのステークホルダーに配慮することが求められる。この点が行政組織で働く人材の視座として特殊な部分であるが、これも働く中で身につけることが可能である。

行政官のジョブデスクリプションと官民の違いを踏まえた組織体制の方向性

ここまでまず行政官がやっている仕事をジョブデスクリプションで切り分けると共に、官民の組織の違いについても見てきた。

行政官の仕事も基本的には民間企業の組織マネジメント、企画、プロジェクトマネジメントと果たすべき役割は変わらない。政策領域が深化する中でこうした業務はそのドメイン知識を持った民間出身の人材が行うことが可能である。ただし、上記で述べたようなパブリックセクターとしての視座や国会等の対応は事前にオンボードが必要だろう。

またコーポレート部門についても各業務の専門性を再度確認し、そのスキルを持つ外部人材の導入及び、その能力に特化した内部人材育成を通じて組織マネジメントを強化する必要がある。
一般職の方がコーポレート部門の役割を担うことが多いが、彼らもそれぞれの専門スキルを育成していくことが重要であり、総合職、一般職という分け方ではなく、何のスキルの専門性を持ちたいかで人材を育成していくというフラットな仕組みが求められる。

基礎スキル及び専門スキルとしてのデザイン、デジタル、データ

加えて、デジタル化が進む中で行政組織もITサービス企業のような能力を持つことが必要になる。
1)利用者の立場に立ったデザインアプローチの理解、業務フローの整理
2)業務をデジタル化するにあたっての基礎的な知見
3)デジタル化を通じて蓄積されたデータを有効に活用できるようなデータリテラシー

の3つは、基礎的なレベルではすべての職員が学ぶべき内容である。

加えて、これらをより専門的に行う
1)サービスデザイナー
2)プロダクトマネージャー
3)データアナリスト
なども行政職員のキャリアパスとして確立し、これらは民間からの採用人材とも同じレベルを維持できるよう、キャリアが組めるようにしていくことが望まれる。

デジタルサービスを内製する場合には、UI/UXデザイナー、エンジニア、アーキテクトなど、さらに細分化した人材の体制が必要になるが、まずは上記のような人材が揃っていなければ外注する場合にもオーナーシップを持ったデジタルサービス開発は難しい。


まとめ

ここまで見てきたように何が行政組織の特殊性で、何が民間企業と同じ機能なのかを整理していくことで、行政官の特殊性というのは、社会全体を俯瞰した視座や、ステークホルダーマネジメント、国会、国民への説明責任とそれに伴う業務にあり、これらもナレッジを体系化し、新規に入ってくる人材のオンボードを行うことによって外部から採用した人材でも対応可能と考えられる。

行政の特殊性と考えられているものはそれが形式知化されていない、かつ非常に複雑であるところに起因するため、これをシンプルに整理していくことが重要であると思われる。

そして、それが可能となれば、特定のドメイン知識を持つ民間人材を採用して関連分野の政策に関するプランナーやプロジェクトマネージャーとして活躍してもらうことも可能である。
現在総合職で採用している人材はマネージャーとして、彼らと二人三脚で政策実施の支援をし、組織の経営スキルを高めていく、という形も考えられる。

総合職のキャリアパスとしても、ジュニアのプランナー、プロジェクトマネージャー、マネージャーポジションを一通り体験した上でシニアポジションに進む、その際にその人材がプロのマネジメント人材になりたいのか、企画や政策実施のプロフェッショナルになりたいのかを選択可能にすることで、継続して自分の能力を発揮できるようにしていく。また、特にデジタルサービスの専門家になりたい場合はサービスデザイナー、プロダクトマネージャー、データアナリストなどのポジションも取れるようにすると良いだろう。

こうした取組みを通じてジョブを明らかにし、各政策分野で民間のドメイン知識を持つ人材を内部化できるようにすることで行政組織の人材拡充を図るとともにより能力ベースで働ける環境を整備していけるのではないか。

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