Government as a Serviceが示す新しい行政の可能性(α版)
様々な日常のモノの消費は、オンラインで定額課金で受けられるようになってきており、これらをXのサービス化、"X as a Service"と呼ぶ。例えば、CDやビデオは、SpotifyやNetflixを通じてモノを介さず、PC,タブレット、スマホがあれば、サービスとしてどこでもストリーミングで視聴できる(Music as a Service, Video as a Service)。車や自転車も所有からシェアリングによって必要な時に移動手段としてサービスを受けられるようになった(Mobility as a Service)。最近では服のシェアリングサービスもあり、所有から解放してくれる(Clothing as a Service)。このように多くの産業は所有から利用に変容している。
XaaSのビジネスモデルは、SaaSに支えられている
そしてこれらの利用から所有を実現するソフトウェアもサービス化している。かつてはソフトウェアはCDからPCにインストールして利用するのが主流だったのが、今ではオンライン経由で利用するのが当たり前になっている。さらにこれらのソフトウェアはクラウドコンピューティングによって同じものをより多くの人にほとんどコストをかけずに届けることが可能となり、アップデートもサーバにあるプログラムを改修すれば即時にユーザーに届けることができるようになった。これをSoftware as a Service, SaaSと呼ぶ。Microsoft OfficeのソフトもかつてはCDからインストールしていたが、現在ではOffice 365としてクラウドベースでインターネットから直接アップデートが行われ、常に最新のサービスが使えるようになっている。Facebookも毎週ソフトウェアのアップデートが行われており、Google ChromeのようなWebブラウザも定期的にアップデートが行われている。上記のようなXaaSのサービスのほとんどは、ユーザーが使いたい時にアクセスできるようにSaaSによって提供されていることが多い。
SaaSの特徴
X as a Serviceの特徴は、クラウドコンピューティングを活用したソフトウェアにより、①低費用でスケールが可能であり、②ソフトウェアのアップデートが容易であるため、改修のサイクルが短く、③買いきりではなく、定期購買型(サブスクリプション型)のサービスとなっていることである。X as a Serviceはソフトウェアを起点としてサービスが提供されるため、このソフトウェアの使いやすさが差別化における大きなポイントになる。定期購入モデルであるため、スイッチングが簡単にできるが故に、ユーザーのエンゲージメント(そのサービスを好んで使い続ける傾向)を高め、ユーザーをロックインすることが競争戦略となるのだ。
行政手続のSaaS化
X as a Serviceの考え方を行政に持ち込むとどういったことが可能になるだろうか。Government as a Serviceという言葉があるが、これは概念的なものを表すに止まり、まだ明確な定義はない。これをいくつかの機能に分けて具体的に考えていくと1.行政手続のSaaS化、2.行政サービスのSaaS化、3.納税のSaaS化の3つに整理できるのではないか。
1.行政手続のSaaS化
まず、行政手続システムのSaaS化が考えられる。例えば補助金申請の手続システムをSaaS化して行政組織は皆同じシステムを通じて補助金の公募から手続き完了までを管理することができるはずだ。そのような思想にたって経産省ではjGrantsを開発した。補助金申請という手続は、基本的には同じプロセスを取るはずであり、それを管理するシステムが1つあれば、省庁、自治体に関係なく同じように補助金申請の管理機能を提供できるはずだ。その際の行政側のメリットは①システムの開発、運用費の大幅圧縮、②手続きプロセス、データの標準化、③ユーザー体験の標準化・向上である。
①社会全体の開発、保守・運用、改修費用の圧縮
現状では補助金申請のシステムは各補助金で個別に作られており、1件あたり5000万ー1億円くらいかけている。つまり50の補助金があれば最大約25億ー50億円かかるということだ。加えて開発後も運用・改修の費用はそれぞれで継続的にかかっていくことになる。例えば運用・改修費が3千万ー5千万だとすると50補助金で15億円ー25億円である。
自治体に当てはめるとその重複投資の問題がより明らかになる。最近ではシステムの共同調達も進み始めたが、ざっくり言えば、1700を超える自治体が、同じ行政手続を提供するためにバラバラにシステムを調達しているのだ。これは社会全体でみた場合にはIT投資の大きな無駄だと言えないだろうか。同じ行政手続のシステムをクラウドベースで開発し、これを各自治体が利用すれば、1つのシステムを開発し、運用・改修も1つのシステムについて行えばいいということになる。例えばその標準システムを開発するのに通常の5倍のコストがかかったとしても、社会全体で見れば個別に作った場合と単純に比べれば、5/1700=約0.2%のコストとなる。しかもこれまではサーバ管理に張り付いていた職員はクラウドベースになれば、その業務から解放される。サービスのクラウドリソースの管理は中央集権的にそのサービスを提供する主体に任せればよくなる。これらはサーバ管理からサービスまで全てを1人でカバーする、1人情シス問題に悩まされている自治体にとってもメリットになるだろう。
費用負担のモデルについても例えば人口割やトランザクション数で自治体にチャージする形にすれば、規模の小さい自治体もその財政規模に応じた負担で済ませることができ、小さい自治体だからITサービスが導入できない、といった問題が解消される。
②行政手続オペレーション・データ標準化による効率化
そんなことを言っても、各自治体で同じ行政手続でも現場のオペレーションは違うとおっしゃる自治体の職員の方もいるかもしれない。しかし、それ自体が本当は問題なのではないだろうか。同じ行政手続なのだから、本当は全ての自治体で同じようなオペレーションで行政手続がなされるべきではないだろうか。行政手続SaaSはこの問題も解決してくれる。標準化したシステムを活用することでオペレーションの手順も標準化される。これによるメリットは、手続のオペレーションが属人化しないことだ。複雑な手続ほど、その手続に精通した人でないとできないといったオペレーションの属人化の問題が起きる。SaaSを利用することでこういった属人化を抑えられるだろう。さらにデータ項目の標準化によって各自治体のデータセットが同じ形で管理されることもメリットになる。例えば住民が自治体間を移転するときに必要となる行政手続の場合、A自治体で入力したデータが、そのままB自治体でデータ連携を通じて処理しやすくなる。これは同じデータ項目で行政手続が管理されていることの大きなメリットになるだろう。
③ユーザー体験の標準化・向上
行政手続のSaaS化はユーザーである市民にとってもメリットをもたらす。オンラインで行政手続が可能になるに止まらず、例えば自治体を転出して他の自治体に行っても同じ手続は同じソフトウェアで行うことができるため、市民にとっての手続のストレスを下げることになるだろう。また2.にも書いた通り、データ連携を通じて転入先に転出元のデータが引き継がれたり、部署間でのデータ連携がなされれば、余計な記載事項は減り、紙に何度も同じことを書くといった現状の手間も大幅に減るだろう。さらに、SaaSとして継続的な改修が行われれば、一度作ったらそれで終わりだったこれまでのシステムとは異なり、継続的なUI、UXの改善が期待できる。APIが整備されれば、フロントエンドが民間企業のメッセージングアプリや会計ソフトと連携して、そこから直接手続ができるといったことが可能になり、よりユーザーに近いタッチポイントから気軽に申請ができるようになるかもしれない。
2.行政サービスのSaaS化
1.で述べたようなSaaSのメリットは行政サービスでも享受できるだろう。特に行政サービスに目を転じると実は民間ベースで回せる可能性が高い領域も増えると考える。
①P2Pサービスによる社会リソースの最適化
例えば介護サービスのSaaS化によって軽介護であれば要介護者と介護支援者をマッチングさせることで施設を持たなくても介護サービスを提供するということが可能になるだろう。スコアリングを通じてサービス提供者のクオリティがきちんと評価されれば現状よりも介護の資格要件は緩やかになる可能性もある。同様にデイケア、保育、教育などの世界もこのようなSaaSをベースとしたマッチングによってより社会リソースの最適化に繋げることができるだろう。このような仕組みが整えば、行政がそのサービスに信頼を付与してP2Pで回る世界が実現でき、介護費等の公的支出削減に貢献するかもしれない。
②AIによるサービス代替
例えば簡易な医療診断についてはAIスピーカーに話しかけることで代替可能かもしれない。加えて薬のオンライン販売が可能になればAI診断と合わせて薬が届くといったサービスも可能になる。いわゆる町医者の簡単な診断は代替可能となり、しかも場合によってはデータから導かれた診断結果の方が正確である場合も予測される。これは既に中国で実際に始まりつつある。また、簡易裁判についてもAIによって代替可能である可能性がある。エストニアでは7000ユーロ以下の簡易な裁判をAIに行わせる実証なども実施されている。このようにこれまで人間が提供していたサービスが機械に代替されることが予測される。これによってさらに財政における医療費等の削減が可能となるだろう。
これらのように行政サービス自体がP2Pモデル、機械に代替されれば、行政が直接これらのサービスを提供する領域は狭くなり、支援すべき負担も減少していくことが考えられる。これらは特に高齢化において大きくなる医療・介護費をオフバランスし、財政負担を低減していくことに貢献する可能性を秘めている。ただし、引き続き高度な判断や技術を要する裁判、医療行為等は政府のリスク担保機能を維持する必要があるだろう。
3.納税のSaaS化
行政手続やサービスのビジネスモデルが変われば、それに対応した費用負担である税のあり方も変わりうるだろう。ここでは主に個人に係る納税のあり方についてどのような可能性があるのか検討する。
①税構造のリデザイン
1,2で見たような行政手続、サービスがSaaS化していけば、税の概念も変わってくるだろう。1)基本パッケージであるミニマムな行政サービスに対してはそのサービスに対応した定額を支払い、2)自分が住む地域固有の文化活動、コミュニティ活動に対する費用は住む自治体によって額が異なり、3)所得再分配部分は所得額に応じて傾斜して課税され、分配されるといった3層構造を考えることができるのではないか。
1)はほぼ全ての自治体で標準化されており、同じように供給される公的サービスに対応し、価格差がない状態を想定する協調領域である。国が提供するサービスに関する費用もこのカテゴリーに入る。
2)に対応する部分が各自治体の個性を表す取組に対する費用で、各自治体が市民を惹きつけるための競争領域の部分になる。自治体が価格づけとコミュニティのブランディングを紐づけて行う領域として定義される。その付加価値が高いと市民が評価すれば2)のコストが高くても市民は移住してくるだろう。
3)についてはこれまでは自治体に対して交付金として分配されていたものを個人の所得に応じて還元するとともにその他のセーフティネットにプールされるお金として位置付けられる。
②納税のタイミングと納税地の柔軟化
デジタルで納税が行われるようになれば課税のタイミングは1年に1回でなく1ヶ月に1回、1週間に1回といったインターバルに変更できるかもしれない。これは同時に納税地の柔軟化の議論にも繋がる。例えば現状東京で働く人が3ヶ月福岡に長期出張で滞在するとしても、地方税は東京で1年分納めるのが通常である。わざわざ3ヶ月だけ住民票を移すコストが大きいからだ。しかし実際に受けている公共サービスの対価としては、3ヶ月分は福岡で支払い、9ヶ月分を東京に支払うのが応益負担の考え方からは妥当なはずだ。現代において個人のモビリティが非常に高くなっている中で1年間同じ自治体にとどまっていることの方が幻想に近くなっている人もいるだろう。徴税がデジタル化していれば、このように徴税のインターバルを変更して「課金」することも可能になるだろう。
③APIエコノミーによる納税の自動化
例えば銀行・証券口座のデータ、カードの利用データなどがAPIを通じて政府に共有可能であれば自動計算プログラムにより納税を自動化することができるかもしれない。e-Taxに入力するまでもなく、給与が振り込まれれば自動的に所得に反映され、費用についても保険料、不動産の利子支払いなどが自動仕分けされれば、控除等も自動で計算可能だ。実際にエストニアの場合はXロードを通じて銀行口座データ等も政府と連携しているため、納税がワンクリックで終わる状況が実現されている。
②と③が連携することにより、税はあたかも行政サービスを利用した分だけ支払うといったコンセプトに近づくと考えられる。
まとめ
このようにクラウドベースのデジタルサービスの考え方を取り入れれば現状の行政の「当たり前」は大きく見方を変えられる可能性がある。これを妨げるのはレガシー化した既存の法制度、ルールや、既存プレーヤーの既得権益、行政官自身の前例踏襲型の発想だろう。行政のオペレーションやサービスこそがこれまでイノベーションによってディスラプトされていない領域であり、社会の非効率をもたらしている。できない理由を挙げるのは簡単であり、いつでもできる。まずはあるべき、もしくはありうべきGovernment as a Serviceのビジョンを描き、それに向かっていく必要があるのではないだろうか。